Romantica-03
カーテンから漏れた光が天井に作り出すグラデーションを見つめながら、なまえは繰り返しまばたきをした。
閉めきった窓の外からは油蝉の鳴き声が小さく聞こえてくる。
つけっぱなしのクーラーのリモコンを探して枕元を探るが見つからない。
隣では静雄が無防備な顔で寝息をたてている。
それを起こさないように気を付けながらそっと起き上がると、テーブルの上にあるリモコンを見つけてクーラーを消した。
しばらく子供のように眠る静雄を見つめていたが、起き上がって洗面所へと移動する。
顔を洗って戻ってきてもまだ静雄は起きる気配がない。
時計を見ると朝の9時を過ぎていた。
そろそろ起こさないと慌てて仕度をする羽目になるんじゃないかと不安になってきたところで、寝返りと同時に静雄が目を冷ました。
なまえは片手を枕元に置いて前屈みになりながら静雄の耳元で「おはよう」と囁いてみる。
静雄は前髪を手でかきあげると、今自分がどこにいるのか必死に思い出しているようだ。
そして繰り返しまばたきをしているうちに、瞼が閉じて再び開かなくなった。
なまえはくすっと笑うともう一度体を寄せて耳元から呼びかける。
「朝ですよー」
静雄は両目を瞑ったまま前髪を押さえていた手を伸ばしてなまえの頬にそっと添えた。
そのまま探る様に手を動かしていき、肩にたどり着いたところで背中に手を回してそのままぎゅっと抱き締めてくる。
小さな悲鳴を上げて静雄の胸板に倒れ込むと、すぐ上からかすれた声で問いかけられた。
「今何時だ?」
「9時過ぎ」
静雄はふあぁーっと大きなあくびをして、なまえの髪の毛に指を通しながら少し苦しそうに喉を鳴らした。
「お水持ってこようか?」
「あ゛ー頼む」
静雄が手を離してくれたのでなまえはむくりと起き上がってキッチンから水を注いだグラスを持ってきた。
上体だけ起き上がって眠そうに目を擦る静雄にグラスを渡すと、あっという間に飲み干してしまった。
暑いのもあるがクーラーをつけたままだったので少し喉が痛いのかもしれない。
空のグラスを受け取ってもまだ変わらず眠そうな静雄を見つめながら、なまえは床に落ちている黒いベストを見つけて拾いあげた。
膝の上に広げてシワを伸ばし始めると、ポケットの中から軽い音が聞こえたので煙草の箱とライターを取り出した。
寝ぼけ眼の静雄に差し出すが、遠慮しているのか受け取ろうとしない。
煙草を吸わないとまともに目が覚めないのは知っているし、朝からわざわざ外に追い出して吸わせるのは此方としても気が引ける。
なまえが慣れない手つきで煙草に火をつけようとすると静雄は慌てた様子でようやく受け取ってくれた。
「いいのか?」
「うん」
しばらく煙草となまえの顔を見比べていたが、シュボッと良い音をたてて火をつけた。
一口吸うと白い煙を細く吐き出す。
暑いからと下着しか着ていない静雄のズボンを探す為になまえは膝立ちでベッドの回りを捜索し始めた。
黒い布地を見つけて引っ張り出すとポケットから携帯灰皿を取り出して静雄に手渡す。
静雄は先程よりも幾分目が覚めた様で、機嫌が良さそうに見えた。
カーテンを捲れば今日も昨日に負けないほど真っ青な空が広がっている。
煙を出すためにガラス戸を開けると生ぬるい風が部屋の中に入ってきて、蝉の声が一段と大きくなった。
背後から聞こえた軽い金属音に振り返れば、静雄がベッドから起き上がってズボンのベルトを締めている。
シャツのボタンを止めながらなまえの隣にやってくるとずっと高い位置から顔を外に出した。
「朝ごはん何にしようかなー」
人差し指を顎に当てて悩むなまえにチラリと視線を向けて、静雄は躊躇いがちに唇を動かす。
「・・・どうだ?」
「ん?なにが?」
「その・・・今も楽しいか?」
視線を逸らしながらきまりが悪そうに尋ねてくる様子を見て、なまえは昨晩ベランダでの会話を思い出した。
「うん、楽しい!て言うより・・・幸せ?」
ほぼ同じ間隔で細く吐き出されていた煙が一際大きく出たかと思うと静雄は照れ隠しなのか急にそっぽを向いた。
それを見てふふっと笑いながらなまえはシャツの残りのボタンを止めてあげる。
「静雄も同じでしょ?」
小さく首をかしげて覗き混むなまえとしっかり目が合い、「まあな・・・」と小声で答えてくれた。
煙草の灰を落とす静雄の大きな手を見つめながら、なまえは何気なく呟く。
「私、自惚れてるのかも」
半分ぐらいの長さになった煙草を咥えて静雄は訝しげに眉根を寄せた。
「お前が?」
「うん」
言っている意味が解らないというジェスチャーで小首をかしげると、口から白い煙を吐き出す。
「・・・私と一緒なら、静雄はもっと幸せになれるって思ってるの」
静雄は何度かまばたきを繰り返した後、携帯灰皿に吸殻を入れるとパチンとフタを閉めてポケットにしまった。
そして無言のままなまえの正面に立ち、腰の辺りを掴んでそのままひょいと持ち上げる。
「えっ静雄?!」
小さな子供の様に高い位置で抱き上げられたまま、ベランダから部屋の中に戻された。
先程開けたばかりのカーテンを勢い良くシャッと閉めると、静雄はベッドの上でようやく下ろしてくれた。
ぽかんとしたなまえに顔を寄せると、煙草の臭いを纏ってそっと耳元で囁く。
「もっと幸せになりてぇ・・・協力してくれるか?」
なまえは自分の顔が赤くなる事を意識しながらもこくりと頷いた。
時間が気になって静雄の背中の向こうに見える掛け時計に視線を向けるが、手のひらで簡単に視界を塞がれてしまう。
「俺も仕事に行くまでずっと楽しい気分でいてぇんだ」
冗談半分じゃなく真剣な声で言われてしまったので、なまえは改めて頷くと両目をふさぐ手を解いて甲にキスをした。
静雄が小さく笑った声が外から漏れる蝉の鳴き声に掻き消される。
まだ自分が夢を見ているんじゃないかという錯覚に陥りながらも、なまえは自分からゆっくりと両目を閉じた。
*end*
■静雄大好きなのでまたいつか機会があれば書きたいです
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