Romantica-02



なまえが無駄のない動きで料理を作っている様子を静雄は後ろからしばらく見つめていたが、ふと振り返った彼女にゆっくり寛いでいて良いと言われたので、ソファに座ってテレビをつけた。

チャンネルを変えてみるが、今は特にめぼしい番組がない。

たしかあと15分ほどで幽が出ているドラマが始まるので、リモコンで番組表を見てみた。
なまえはそれを録画予約しているようだ。

幽が出ているドラマは全部観ているらしい。
時々電話で感想を教えてくれると幽も言っていた気がする。

リアルタイムで見なくても良いのかと少し心配になり、もう一度キッチンを覗いてみた。

なまえがフライパンでハンバーグを焼いているので、キッチンの辺りはソファの前よりも空気が暑かった。
額に汗をにじませながら、真剣な表情で手際よく料理を進めている。

「あ、静雄。お皿取って」

「おう」

食器棚の扉を開けてハンバーグ用のお皿を取り出した。
何度も此処でなまえの手料理を食べているので、何の皿がどこに置いてあるかはいつの間にか覚えてしまった。

どれも3つずつ並んでいるのは、今ほど人気が出る前、幽も一緒に遊びに来ていた時の名残だ。
最近は忙しくて電話で話す事も少なくなった。

なまえは皿を受け取って手早く盛り付けている。
今なら声をかけても良いだろうと判断すると、静雄は壁に掛けられた時計を見ながら尋ねてみた。

「お前、幽のドラマは観ねぇのか?」

「あー今日だった!リビングに持って行って見ながら食べようか?」

やっぱり忘れていたらしく、なまえは時間を気にしながら慌てて飲み物を用意している。

静雄は自分にできることがないかテーブルの上を見回し、盛り付けが終わっている皿をリビングに運んだ。
まもなく食べれるのはわかっているが、見ているだけで空腹が抑えきれなくなってくる。

なまえが麦茶の入ったピッチャーとグラスを2つ盆にのせて運んできたところで幽の出ているドラマが始まった。

1シーズンで終わる刑事ドラマで、幽は主人公の新米刑事を演じている。
「幽くんはスーツが似合うねー」とにこにこしながらなまえはグラスに麦茶を注いだ。

静雄は幽のドラマも気になるところだが、なまえが作ってくれたハンバーグが美味しくて小さく感動していた。
自分にだけオムライスも作ってくれている。

学生時代から料理が上手かったが、社会人になって更に腕が上がった気がする。

テレビを指差しながら楽しそうに笑うなまえは、チラリと静雄に視線を向けて「どう?」と小首をかしげて聞いてきた。

「ん・・・美味い」

花が咲いたような笑顔を見せて、彼女は空になったグラスに麦茶を継ぎ足してくれた。



*
*
*



食事が終わった後流し台まで食器を運ぶと、なまえは全部一人で片付けようとした。
油物も多く大変だと思ったので、静雄は自分も手伝うと名乗りでて濡れた食器を拭いたり棚に片付ける役目を担った。

ひととおり終わった後で、ベランダに出ると胸ポケットから煙草を1本取り出して口に咥える。
左手で風を避けながら100円ライターで火をつけた。

クーラーのきいた室内と違ってベランダはまだ昼間の熱気が残っている。

遠くに見える車のヘッドライトを見つめていると、不意に部屋の電気が消えた。
何かあったのかと驚いて振り向けば、なまえがカーテンを捲ってベランダに出てくる。

「うわっやっぱり外は暑いね」

「何で出てきたんだ?」

「静雄がいるから」

たまになまえが真顔でサラっとこんなことを口にするので、その度に自分は不意打ちに耐えられず動揺が顔に出てしまう。
それを悟られるのが恥ずかしい気がして、煙を上に吐く仕草で顔を見られないようにした。

煙草の煙が良くないと思って外に出てきたのだが、なまえは気にならない様子で静雄の隣に並んで立っている。
それでも何となく悪い気がして、携帯灰皿を取り出すとまだ少ししか吸っていない吸殻を中に入れた。

「ああ、少しくらいならいいのに!」

「もう満足した」

なまえは両眉を垂らして少し申し訳なさそうに微笑むと「ありがとう」と呟いた。
携帯灰皿をポケットに仕舞うと同時に、彼女は静雄の右手に腕を絡ませてくる。

「久しぶりに静雄と過ごせて楽しかった。明日までずっと楽しい気分でいたいな・・・もしよかったら協力してくれますか?」

チラリとお互いに視線を交わすと、なまえは瞬きもせずに真剣な顔をしていたが、直ぐに照れ笑いに変わった。

「んだよ・・・その言い方」

此方も無性に恥ずかしくなってきたのでシャツの襟を緩めながら視線を逸らした。

「嫌だったら無理は言わない」

少し寂しそうな声を出して、右腕に絡むなまえの手が少し離れたので慌てて付け加える。

「別に・・・明日は午後からだから良いけどよ・・・」

「本当?」

両目を開いて嬉しそうに覗き込んできた。

「・・・言い出したのはお前なんだからな・・・覚悟しとけよ」

「大丈夫、静雄が優しいのは知ってるから」

えへへっと笑って腕から離れたなまえの肩を掴むと少し汗ばんだ首筋に手を回した。

今はヒールではなくベランダ用のサンダルを履いた彼女はいつも以上に顔の位置が低い。

前屈みになってキスをしようとしたところで、先程まで自分が煙草を吸っていたことを思い出した。

直前で静雄がピタリと静止したので、なまえはふふっと微笑んで背伸びをすると躊躇いもなく柔らかい唇を重ねてきた。

生ぬるい風が頬を掠めて、重なりあう肌がさらに暑さを意識させる。

でも今はそれ以上に体の中心が熱くなってきて、それがどんどん上に上がってくるのが自分でも抑えられなくなってきた。

ダメだダメだと心の中で必死に戒める。

浮かせた踵を下ろして唇を離すとなまえは静雄の手を首筋から離して自分の指を絡ませた。

「静雄だいすき」

なまえの頬が手の甲に当たると同時に・・・

必死で張り巡らせていた危険表示のテープが心の中でぷつっと切れる音がした。


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