ShootingStar-11



その日の一時間目の占い学は、先生が病欠だったので図書室での自習だった。
なまえはエミリアと一緒に隅のほうのテーブルをとって、星座に関する神話についてレポートをまとめている。

一生懸命になって羽ペンを動かしていたら、エミリアが急にこづついてきた。
なんだろうと思ってエミリアを見たら、目線で何か合図をしている。

その方向を見てみると、シリウスがこちらのテーブルに近づいてきていて、なまえと目が合った。

何と言って話しかけたらいいか困っていると、シリウスから声をかけてきた。

「あのさ、なまえ。ちょっといい?」

「えっ。あ、うん」

羽ペンを置いて席を立つ。
シリウスの背中を追いかけて歩き出そうとしたら、エミリアがポンと背中をたたいてウインクした。

シリウスは一度振り向いてから、閲覧禁止の書棚の方に歩いていった。
それについて行って、先生の目を気にしながらなまえもサッと本棚の間に身を滑らせる。

「ごめんな、いきなり」

シリウスが小声で囁いた。
なまえは首を振ってにっこりとした。

「あのさ、今夜何か用事がある?」

思いもよらない問いかけになまえはびっくりした。
シリウスも何だかきまりが悪そうな表情をしている。

「何もないけど・・・」

「今夜2時過ぎになまえの部屋まで迎えに行くから、待っていてくれないか?」

シリウスはなまえをじっと見つめている。


いつもはキレイな瞳の奥が何だか曇っているような気がした。


「うん、わかったわ」

なまえがまた微笑むと、シリウスの表情も少し和らいだ。



*****************

時計はもうすぐ2時をさす。
なまえは一度エミリアにおやすみと言って寝たふりをしていた。
エミリアには何も話さなかった。

何だかシリウスの曇った表情が気になったからだ。
物音を立てないようにして、また制服を着た。

2時を少し過ぎたときに小さなノックが聞こえたので、なまえはすぐにローブを羽織りドアの前まで歩み寄った。
出来るだけ軋まない様に静かに戸を引くと、そこには誰もいなかった。

一瞬不安になったが、すぐに理解できた。
次の瞬間、なまえの目線よりも数十センチ高いところにシリウスの顔が現れる。

「こんばんは、なまえ」

「シリウス。大丈夫だった?」

「ああ、早く入って。天文台まで行こう」

シリウスが透明マントを捲り上げたので、なまえは戸惑いながらも中に入った。

マントの中はあったかくて、ほのかにシリウスの香水の香りがする。

「離れないように着いて来てくれ」

シリウスが歩幅をあわせてくれたので、なまえはどうにか傍について歩くことが出来た。
歩きながらも心臓はドキドキと脈を打つ。
今から何が始まるのかは分かっていた。

昨日みたいにバイクに乗せてもらえるんだろう。
でもきっとそれだけじゃない。

何か話があるみたいだ。


なまえには十分心当たりがあった。


天文台に近づくにつれて、廊下はどんどん冷たさを増していく。





*******************

天文台の入り口に着くと、シリウスは辺りの様子をうかがって透明マントを脱いだ。
古びた扉を静かに押して外を確かめた後、なまえを先に通してくれた。

なまえも透明マントを脱いで、外の空気を吸い込んだ。

今日は昨日みたいに雲はなく、晴れ渡った星空だ。


後ろを振り向くと、シリウスがゆっくりと扉を閉めるところだった。

「大丈夫?」

「うん」

シリウスは微笑んだが、何だかその笑顔も味気ない感じがする。

搭の影に、昨日のバイクが寄せてあった。
シリウスはそれを運んできて、エンジンをかける。


シリウスが乗り込んだ後、なまえも乗ってバイクは唸りを上げ、そして一気に星空へ向かってスピードを上げていった。

2回目でもさすがに怖かったが、なまえはシリウスにしっかりとつかまっていたから大丈夫だった。

昨日は曇っていたので気付かなかったが、湖にも星が映っているのが空からも分かる。

バイクはどんどん上昇を続けるが、だんだんエンジン音は小さくなっていく。
ある程度高いところまで来ると、バイクは空中でぴたりと止まった。

静かにうなるエンジン音だけが、しばらく辺りに響いた。

「こんな時間に呼び出されてびっくりしたよな」

シリウスは座りなおしてなまえの方を向いた。

横から差し込む月明かりに、シリウスの白い肌が照らされている。

灰色の瞳は今は群青色で、白く光る月となまえが映っていた。

シリウスはしばらく黙りこんでから、なまえを見つめるとやっと口を開いた。

「謝りたいことがあるんだ」

思っていた言葉が飛んできて、なまえは戸惑ってしまう。

「1年の入学式の時、船に乗り遅れて一緒に馬車に乗ったのはなまえだったんだな?」


「・・・うん」

なまえはシリウスと目を合わせられなくなって膝の上の真っ黒なローブに視線を落とした。


「なまえはずっと分かってたのに俺は馬鹿みたいに気付かなくて・・・
なまえの気も知らないで変に勘違いして勝手に怒って・・・

本当にゴメン。なまえは何も変わってなかったのにな。
今でもあの時みたいに、ずっとニコニコして俺の話を聴いてくれるよな・・・」


シリウスはなまえの褐色交じりの髪の毛に指を通した。

冷たくて細い髪はシリウスの指をすり抜けて風にさらさらとなびく。


「シリウスは何も悪くないよ」

なまえは自分の髪を撫でるシリウスの手にそっと自分の手を添えた。

「だって嬉しかったの」

冷たい風が頬を撫でて、なまえの前髪を揺らした。

「大きくなってからこっちに来たのは初めてで・・・分からないことばかりで、ひとりじゃすごく不安だったの。何もかも上手くいかなくて、もう嫌になって泣きそうだった時に・・・シリウスが助けてくれたから」


なまえは顔を上げてまっすぐシリウスを見つめた。

「本当は宴会の後も、ずっとシリウスの傍にいたかったんだけど。シリウスのまわりにはいつも可愛い子がいっぱいいて・・・話しかけられなくなっちゃって・・・そんなことをしてる間に自分に自信がなくなって・・・」

シリウスはなまえを自分の方へ優しく抱き寄せた。
なまえはシリウスの香りでいっぱいになる。

「今まで黙っててごめんなさい。本当は・・・本当はあの時シリウスと初めて話してから・・・ずっとシリウスが好きだったの・・・どうしても忘れることができなかった」

頬に冷たい感触が伝ってその雫がローブの上にポタポタ落ちる。
シリウスはそれを拭う様になまえの頬に手を添えた。

「ごめんな、俺・・・なまえを困らせてばかりだ・・・」


シリウスが耳元で小さく呟いた。

「こんな俺が・・・お前のことを好きでいてもいいか?」



「ダメなわけないじゃない・・・」


顔にかかった髪の毛をシリウスが長い指でかき上げる。

頬にシリウスの唇がやさしく触れた。

鼓動が身体を伝ってじわじわと感じられる。

「もう忘れたりしないでね?」

「大丈夫だから。ずっとなまえの傍にいるよ・・・」

シリウスはそう囁いてなまえの唇に熱い跡を残した。

目からまた熱い雫がこぼれおちて、ローブの上に白く光る跡を残す。


2人の背後を


青い星がひとつ


静かに流れていった



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