ドライヤー (第3章「初めての別れ」番外編)
ワカバタウンにあるウツギ研究所から次に向かった先は、ヨシノシティのポケモンセンターだった。
シルバーは二つあるベッドの片方に座り、脚を投げ出しながらテレビを観ていた。
バトル講座が流れていたが、全く頭に入らなかった。
此処、ヨシノシティのポケモンセンターは、シルバーにとって思い出の場所だった。
小夜に殺気を振り撒かれた直後、此処の廊下で初めてすれ違ったのだ。
もし此処ですれ違っていなければ、今こうして共に旅をする事はなかっただろう。
感慨深い場所であると同時に、殺気の恐怖を思い出す場所でもあった。
「……。」
ふとポケモンたちの様子を窺ってみる。
二人の手持ちであるポケモンの雄たちは、モンスターボールから放たれて戯れていた。
すると洗面所の扉が開いた。
『さっぱりした。』
風呂上がりの小夜は、紫の長髪をバスタオルで拭いている。
足元には勿論エーフィがいる。
『シルバーも入ったら?』
「ああ。」
小夜は冷蔵庫からミックスオレの瓶を取り出し、プラスチックの蓋を開けた。
すると小夜にポケモンたちが群がり、甘いミックスオレをせがむ。
シルバーはその様子をじっと見つめていた。
ポケモンは普段からずっとモンスターボールの中に入っているものだ、というシルバーの考え方を小夜は呆気なく覆した。
街から街へ移動している時以外は、殆どボールから外に出してやっている。
お陰様でシルバーのポケモンも、ポケモンセンターではボールから出て戯れているのが当たり前になった。
シルバーが一人で風呂に入っている時に、小夜がシルバーのポケモンたちを風呂場に突然入れてきたのは懐かしい話だ。
それ以降、シルバーもポケモンと風呂に入るのが定着してしまい、一人風呂など今や考えられない。
小夜が持つシルバーへの影響力は多大で様々だ。
『髪、乾かすの面倒。』
髪が濡れたままでベッドに倒れ込もうとする小夜を、エーフィがベッドに乗って全力で阻止する。
風邪を引かれては困るし、布団が濡れてしまう。
エーフィに救いの目を向けられたシルバーは眉を寄せた。
するとぱっと閃いたボーマンダが口を開いた。
“シルバーが乾かしてあげたらいいんじゃない?”
その台詞を聴いたバクフーンとアリゲイツが逸早く賛同した。
何だかカップルみたいでいいじゃないか御主人!と発言したアリゲイツに、エーフィはにやりとした。
『ちょっと、何を勝手に盛り上がってるの!』
「こいつらは何を言っている?」
『シルバーに乾かして貰えって。』
「は?」
シルバーは唖然とするが、その隙にアリゲイツとバクフーンに腕を引っ張られ、ベッドから強制的に下ろされた。
小夜は膝の裏をエーフィに軽く頭突かれながら、洗面所へと誘導された。
鏡の前にある椅子をアリゲイツが引き、小夜は其処に座らされた。
するとバクフーンに腕を引っ張られていたシルバーが、その場にすぐ連行されてきた。
鏡の横にはドライヤーが備え付けられている。
「てめぇら、後で覚えてやがれ…。」
ぶつくさと不満を溢すシルバーだが、鏡の中にいる小夜とばっちり視線が合った。
バスタオルを肩に掛けている小夜は、肩を小さく竦めて笑った。
『お願いしまーす。』
「……ったく、仕方ねぇな。」
シルバーは面倒くさそうにドライヤーを手に取ると、小夜の髪を乾かし始めた。
不満そうな表情にも関わらず、その手つきは丁寧だ。
小夜は普段からシルバーに包帯を巻いて貰ったり、傷の消毒をして貰ったりしているが、シルバーをとても器用だと思っていた。
『シルバー、上手ね。』
「そうかよ。」
『またして欲しいな。』
「断る。」
にやにやするポケモンたちの視線を感じたシルバーは苛立ち、一旦ドライヤーを止め、洗面所の扉を乱暴に閉めた。
これでむかつく視線を遮断したかと思いきや、小夜と密室で二人きりになった事に気付いた。
『閉めたら熱気が籠るよ?』
「換気扇が回ってるんだから別にいいだろ。」
シルバーは恥ずかしくなった事を隠すかのようにぶっきらぼうに言うと、再度ドライヤーをオンにした。
小夜の髪は長く、乾かすのが大変だ。
小夜が面倒だと思うのも納得する。
乾かしている最中、鏡を通して何度も小夜と視線が合い、その度にシルバーは頬を染めた。
小夜はというと終始にっこりしており、シルバーは一人で悔しさを覚えた。
十五分程乾かし、シルバーがドライヤーを止めた。
乾いてない部分がないか確認する為、小夜の髪に指を通す。
綺麗だ。
シルバーは心の奥底で何時もそう思っていた。
小夜の髪を一束手に持ち、じっと見つめる。
腰まであるのに傷んでいる部分は全くなく、枝毛など無縁だ。
それはやはり小夜が人造生命体だからだろうか。
『シルバー。』
「…!」
はっと我に返ると、鏡を通してではなく直接見つめてくる小夜と視線が間近に絡んだ。
『今、何を考えてるの?』
「いや…。」
もし何でもないと言えば、嘘だと見抜かれるだろう。
シルバーは敢えて何も言わなかった。
あからさまに視線を逸らしたシルバーに、小夜は微笑んだ。
『ねぇ。』
「何だ。」
『またして欲しいな。』
「……。」
シルバーは小夜の瞳を一瞥するとすぐに逸らし、頬を染めながら言った。
「如何しても…って言うならな。」
『ありがとう。』
照れ隠しをするシルバーと、優しく微笑む小夜。
二人のいる洗面所は、ドライヤーの熱気で暑くなっていた。
2014.4.22
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