挨拶

小夜とシゲルが再会を喜び、それをオーキド博士が満足そうに見守っている。
シゲルは感極まっていて分からなかったが、小夜の髪に付く雫にやっと気が付いた。

「小夜、髪が濡れているのかい?」

シゲルが小夜の身体を離してから紫の髪を一束持つと、それは半乾きだった。
小夜の顔が僅かに上気しているのを見ると、今朝シャワーを浴びたようだ。
そして更に気付いたのが、身長差だ。
小夜の身長は変わっていないように思うが、シゲルの身長は伸びた。
サトシよりもほぼ頭半分程差が開いたのだ。
それでも小夜にはまだ届きそうにない。
すると階段の上からシルバーが現れた。

「小夜!」

『あ。』

小夜はシゲルに髪を触れられたまま振り向いた。
バスタオルを持ったままのシルバーは、二人の様子を見て目元を引き攣らせた。

「シルバー君、おはよう。」

「おはようございます。」

シルバーは平静を装い、オーキド博士に挨拶を返した。
一方のシゲルは、研究所内にいるシルバーを見て硬直した。
何故彼が此処にいるのだろうか。
しかも小夜が使用していたらしいバスタオルを持っている。

『ごめん、ちゃんと拭くから。』

「風邪引くだろ。」

小夜はシゲルの元を離れ、階段を降りてきたシルバーに歩み寄った。
階段の一段上で止まったシルバーは、小夜の頭にバスタオルを乗せ、その髪をわしゃわしゃと拭いた。
小夜が楽しそうに笑っていると、シルバーは小夜の髪を拭きながら、シゲルの目を見た。
シゲルは完全に硬直していたが、シルバーの視線で我に返った。
すると、オーキド博士が口を開いた。

「シゲル、君には話しておらんかった。

シルバー君は去年からわしの研究の補佐やポケモンたちの治療をしておる。」

「この研究所でですか!?」

「その通り。」

「如何して教えてくれなかったんですか!」

「そうやって騒ぎ立てると思ったからじゃよ。」

「……っ。」

シゲルは思わず目を伏せた。
小夜に恋心を抱く自分としては、ケンジ以外にも異性が小夜と一緒に住んでいると思うと心苦しい。
自分の祖父は偉大で、ケンジにも研究所の一室を与えたくらいだ。
シルバーにも同じ対応をしたのだろう。

「二人共、改めて挨拶するんじゃ。」

「…はい、おじい様。」

「はい。」

シルバーは小夜にバスタオルを渡し、シゲルの前まで歩いた。
年の差があるだけに、シルバーの身長の方が高い。
今年に入ってからシルバーの身長は伸びたし、シルバーは小夜よりも高い。

「宜しく、シルバー…さん?」

「呼び捨てで構わない。」

「分かった。」

「…宜しく。」

ぎこちない挨拶だった。
シゲルに差し出された手をシルバーが握り、握手を交わした。
小夜はバスタオルを肩に掛けながら微笑み、オーキド博士も安心して頷いた。
だがオーキド博士は今後に対する不安があった。
先ずはゴーストの件もそうだ。
それに幼い頃から小夜に好意を抱くシゲルが、二人の交際に対してショックを受ける事は間違いない。

「小夜、君には忘れている事があるよ。」

『え?』

突然シゲルから話し掛けられ、小夜は首を傾げた。
シゲルは自分の手首にある赤いポケナビを指差した。

「僕への電話さ!」

『………あ。』

「やっぱり忘れていたんだね…。」

以前シゲルには、オーキド博士からポケナビの電話番号を聴いたら電話するようにと言われていた。
自分から電話すればいいものを、シゲルは意地を張っていたのだ。

『でも今日から沢山話せるでしょう?』

「えっ、あ、えっと、そうだね。」

シゲルは小夜の笑顔を見て頬を染めた。
小夜と話している時のシゲルは照れているからか、普段とは違う。
呆れ果てたシルバーだが、駆け寄ってきた小夜に手を握られた。
二人の手首にはポケナビとキーストーンの姿はない。

『シルバー、ドライヤーの続きして。』

「なっ、お前な…!」

よくオーキド博士やシゲルの目の前でそのような事をさらりと言えるものだ。
焦ったシルバーがシゲルに視線を流すと、予想通りの反応をしていた。
真っ青になって口が半開きだ。
一方のオーキド博士は愉快に笑っている。
にこにこする小夜に腕を引かれ、シルバーは強引に階段を上がらされた。
四階へ到着すると、シルバーは困惑を口にした。

「流石に気付かれたか…。」

『何を?』

「いいや…。」

小夜との交際は気付かれてしまっただろう。
シゲルは複雑な気持ちになったに違いない。
シゲルに恋心を抱かれている事を知らない小夜は首を傾げ、話を変えた。

『朝ご飯はシゲルも一緒ね。』

「そうだろうな。」

『ゴーストの事は…どのタイミングで話す?』

「……。」

まだ何も決めていない。
先ずシゲルがシルバーに対して友好的か如何か、そしてゴーストを自分のポケモンであると気付くか如何かも分からない。
更にはゴーストの心の準備も配慮しなければならないだろう。

「焦る必要はない。

シゲルもお前と話したい筈だ。

すぐには旅に出ないだろう。」

『うん。』

小夜はシルバーの手にそっと触れた。
シルバーがその手を握ると、小夜は安堵した。
お互いに見つめ合ってから微笑むと、ドライヤーを再開しに向かった。




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