賛成

今朝にシゲルが旅立った後、サトシも後を追うようにしてマサラタウンを出た。
小夜の生活は元に戻った。
幼馴染みである二人がいない事に寂しい気持ちはあるが、この研究所には皆がいる。
恋人であるシルバーも、当たり前のように傍にいてくれる。
小夜は自室のソファーに凭れ、ぼんやりとテレビ画面を眺めていた。
サトシの旅立ちを見送った時に、サトシがくれた台詞が思い出される。


―――次こそポケモンリーグ見に来てくれよな、小夜!


無邪気なサトシの笑顔が瞳の裏に浮かぶ。
サトシは何時も小夜の心に潜在する邪なものを消し去ってくれる。
すると、テレビに映っていたニュース番組の音声が耳に入った。

〈古代文字の解読者に関しては謎が多く、未だに誰なのか分かっていません――〉

清楚な服装で身を飾る女性アナウンサーがすらすらとニュースを伝えている。
更に、画面には小夜にとって見慣れた文書が紹介されている。

「思った以上に大騒ぎだな。」

シルバーはそう言うと、小夜の隣に腰を下ろし、苦笑しながらテレビを観た。
小夜はオーキド博士に課された古代文字の解読という難題を、二ヶ月を要して解き明かしてみせた。
オーキド博士は小夜によって作成されたその文書を、匿名でプラターヌ研究所へと郵送した。
その研究所の責任者であるプラターヌ博士とは、カロス地方でメガ進化に関して研究している第一人者だ。
匿名で送ったのは小夜の希望である。
だがしかし、その文書が何らかによって漏洩し、世間に知られる事となってしまったのだ。
これには小夜やシルバーは勿論、オーキド博士も参ったものだった。

「面倒な事にならなきゃいいがな。」

シルバーは眉を寄せながらニュース番組を睨んだ。
何故、漏洩したのだろうか。
小夜は古代文学に関する研究の助けになればと思い、オーキド博士が信頼するプラターヌ博士に文書を送ったというのに。
オーキド博士も小夜が達成してみせた大いなる功績を放置しておけなかった。
だが漏洩という事態は予測していなかった。

『ちょっと心配…。』

「……。」

小夜の勘は当たる。
小夜がそう言えば、心配性のシルバーの不安は加速する。
瞼を下ろした小夜は、シルバーの肩に頭を預けた。
今は見ているポケモンたちもいない。
シルバーは小夜の肩に腕を回し、強めに引き寄せた。

「テレビ、消すか?」

『うん。』

テレビに流れる現実から目を背けるかのように、シルバーはリモコンの電源ボタンを押した。
ぷつりと途切れた音がやけに大きく聴こえた。
小夜はシルバーに向き直り、恋人の肩口に片手を添えた。

『…ぎゅってして。』

相変わらず可愛らしい。
シルバーは胸の奥の疼きを感じながら、先ずは小夜の頬に手を滑らせた。
きめ細かくて白い肌。
紫水晶のように透き通った瞳。
恐ろしく端整な顔立ち。
頬を親指で何度か撫でると、その手をそのまま後頭部に回した。
小夜もシルバーの首に両腕を回し、しがみ付くように抱き着いてきた。
自分よりも小さな身体を抱き締めると、守ってやらなければいけないと痛感する。

『あ。』

「?」

『博士が来る。』

「?!!」

シルバーは咄嗟に小夜の肩を押して身体を離すと、目の前のテーブルにあった本を取った。
そして何事もなかったかのように装い、本を広げた。
小夜が面白可笑しそうに笑っていると、小夜が予言した通り、扉のノック音がした。

『どうぞ。』

遠慮がちに開いた扉から、オーキド博士が顔を出した。

「邪魔してすまんのう。」

『いえ、とんでもないです。』

僅かに赤面が残るシルバーもそれに頷いた。
オーキド博士が戻ったら、その時また小夜に触れたらいいだけの話だ。
それに週に二度は肌を重ねている訳だし。
自分は何を考えているんだ、とシルバーは密かに自分を非難した。

「シルバー君に頼みがある。」

「俺ですか?」

「小夜の意見も欲しい。」

シルバーは怯みそうになったが、しっかりとオーキド博士の目を見た。
頼み事とは何だろうか。
庭にいるポケモンたちの誰かが体調を崩したのだろうか。
流行しているウイルスの予防接種なら、先週にも済んだ筈だが。
最近のオーキド博士は医療系の依頼が多いし、シルバーもそれを現在の知識よりも更に掘り下げて勉強している。
だがシルバーの予想は大いに外れた。

「ポケモン爺さんと呼ばれておる人物が、わしに渡したい物があるそうなんじゃ。

如何しても明日がいいと言っておるが、わしは生憎手が離せん。」

所謂、お遣いだ。
シルバーはポケモン爺さんという名に聴き覚えはなかった。

「彼は今ホウエン地方にあるトウカシティのビジネスホテルに泊まっておるそうじゃ。」

シルバーがマサラタウンの外へ出るとすれば、トキワの森の件以来だ。
小夜の予知夢の件も気になり、遠出は控えていた。

「分かりました、行きます。」

『待って。

もしロケット団に鉢合わせしたら…。』

「ロケット団はホウエンで活動していない。

ホウエンには厄介な二つの組織があるからな。

確かアクア団とマグマ団だ。」

小夜は不安げに眉尻を下げた。
それを払拭するかのように、シルバーは小夜の瞳を見て優しく口角を上げた。

「わしも君に頼むか迷ったんじゃ。

小夜が不安なら、この件は――」

「いえ、大丈夫です。」

小夜は即答したシルバーに膨れっ面をした。
シルバーは説得を試みた。

「小夜、お前のネンドールを貸してくれ。

それならすぐ戻れるだろ。」

『ネンドールを貸すのは構わないけど…。』

「今後も俺が動ける方が、博士にとって何かと都合もいい。」

『うーん…分かった。』

シルバーもオーキド博士も、小夜の早い返答に驚いた。

『次に私たちが旅するのはホウエン地方でしょう?

下見、宜しくね。』

何故だろうか。
シルバーを待っている何かが、ホウエンにある気がする。
小夜は微笑みながら、自分の第六感を不思議に思った。





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