賛成-2

シンプルな小夜の部屋を後にしたオーキド博士は、無意識に深く息を吐いた。
昨夜、シゲルが言っていた。


―――小夜が旅に出て色々な景色を見たいと言っていました。

―――如何して旅に出たい小夜とシルバーを、こんなに長くこの研究所へ滞在させるんですか?


小夜は旅をしたいという本音をシゲルに溢したようだ。
だがシゲルは予知夢の件を全く知らない。
勿論、オーキド博士には小夜を旅に出してやりたい気持ちが山々ある。
だがオーキド博士もシルバーも、あの予知夢に対して非常に慎重だ。
一方の小夜は、予知夢が現実になるのを此処でひたすら待つより、旅に出たいのだ。

「あ、博士。」

オーキド博士が頭の中でぐるぐると思考を巡らせていると、ケンジの声がした。
ケンジは両腕に本の山を抱えている。
何時の間にか二階まで降りていた事に気付いたオーキド博士は、一拍子遅れて返事をした。

「ケンジか、御苦労。」

「二人は何と言っていましたか?」

小夜の予知夢の事情まで知ったケンジは、オーキド博士が二人に何の話をしに行ったのかを耳にしていた。

「二人共、賛成した。」

「シルバーならお遣いくらい、へっちゃらですよ。」

本当なら、ケンジ自身がお遣いに行ってもいいのだ。
だがずっと旅をしてきたシルバーにとって、この研究所で日々を過ごすのは少なからず閉塞感があるだろう。
オーキド博士にはシルバーに外を出歩かせてやりたいという気持ちがあった。
それに一度、シルバーにホウエン地方の様子を肌で感じてきて欲しかった。
小夜が次に旅に出るとすると、ロケット団の活動外であるホウエン地方になるからだ。

「…シルバー君の事は心配しておらん。」

オーキド博士は悩ましく腕を組んだ。
シルバーはトキワの森で左手首を怪我したのもあり、旅には慎重になっているだろう。
お遣い先でも心配はしていない。
オーキド博士が心配なのは小夜だ。
小夜はまだ知らないが、シルバーだけが旅に出る時期が近付いている。
以前、シルバーとオーキド博士は小夜とシルバーの別行動に合意した。
一ヶ月もの間、二人はテレポートでも逢えない。
明日のお遣いはその予行練習になればと思ったのだが、無謀だっただろうか。
ケンジは本を抱えたまま考えた。

「でも小夜さんはシルバーのお遣いに賛成したんですよね?」

「うむ、その通りじゃ。」

「なら大丈夫ですよ。

それとオーキド博士、僕の勝手な意見ですが…。」

「何かな?」

「予知夢を現実にしないようにするのなら、二人をこの研究所に匿い続けるのも一つの手じゃないですか?」

ケンジはシルバーの知らない処でオーキド博士に勝手な意見を言う事に恐縮している。
だがオーキド博士は何時もの大らかさを忘れていなかった。

「それは違うじゃろう。」

「えっ?」

「バショウ君の亡くなる予知夢にも、シルバー君がいた。

だからこそ、今回はシルバー君自らが小夜との別行動を選んだんじゃよ。

前回と同じようになるのを恐れておる。」

「なるほど…。」

ケンジは納得した。
前回の予知夢が現実になるまでの時間は、シルバーと小夜は共に行動していた。
ケンジは軽く肩を落とした。

「僕はまだまだですね。」

「ん?」

「僕はシルバーと同い年ですから、もっとシルバーを理解出来るようになりたいんですけど…。」

シルバーの理解者でありたい。
シルバーとは同い年であり、同性であり、同じ場所に住む者同士だ。

「君がそう考えるだけでも、シルバー君は有難く思うじゃろう。」

「そうだといいですね。」

ケンジは控えめに笑ってみせた。
オーキド博士はケンジの気遣いに胸が温かくなった。
小夜の能力やシルバーの境遇をケンジに打ち明けて良かった、と心から思えた。



2016.9.18




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