研究者
オーキド研究所の一階にて。
シルバーは黙ったまま小夜の隣を歩いていた。
小夜は無垢に微笑んでいるが、それとは対照的にシルバーの表情は神妙だった。
その頭の中は先程までのオーキド博士との会話を反芻していた。
ゲンガーの修行中に小夜に呼び出された後の事だ――。
「特訓中にすまんのう。」
「いえ、構いません。」
シルバーは今朝もオーキド博士と同じような会話をした気がした。
二階の研究室にて、愛用の椅子から立ち上がったオーキド博士は部屋のクローゼットから銀色の頑丈なケースを取り出した。
それはクリスマス当日に見た物で間違いなかった。
「小夜、気配を覚える君は随分と前からこれの存在に気付いておったじゃろう。」
『はい。』
小夜は微笑みながら頷いた。
一方のシルバーはオーキド博士の台詞の意味を察し、その直後にクリスマス当日を思い返していた。
確かあの時、オーキド博士はケースを二つ持っていた。
片方には二つのキーストーン、もう片方にはボーマンダナイトが入っていたと記憶している。
「時が来たら渡そうと思っておった。」
オーキド博士はケースを開け、二人に中身を向けて見せた。
察した通りの中身に、シルバーは固唾を呑んだ。
あの時と同じ黒の柔らかい布の上に、メガストーンが置かれていた。
薄い紫の中に、濃い紫と赤の模様が揺らめいている不思議な石。
「ゲンガナイトじゃ。」
シルバーは目を見開いたまま、メガストーンを食い入るように見つめていた。
それは手首に装着してあるキーストーンと共鳴するような独特の感覚がした。
「ゲンガーナイトではないぞ。
ゲンガナイトじゃ。」
「え…あ、はい。」
堂々と頷きながら言うオーキド博士に、シルバーは少しだけ気押された。
その隣で小夜は微笑んでいた。
ボーマンダナイトを貰った冬の日、小夜はメガストーンの気配を記憶した。
その小夜だからこそ分かった事だが、このオーキド博士の部屋からは確かにメガストーンの気配がした。
そしてシルバーがシゲルから譲渡されるであろうゴーストの進化系、ゲンガーのメガストーンであると容易に想像出来た。
「君にこれを渡す代わりに、約束して欲しい。」
オーキド博士はシルバーの目を真っ直ぐに見た。
ユキナリの面影を残す目がシルバーを映している。
シルバーは黙ったまま、真剣に見つめ返した。
「頼む、小夜を守ってくれ。」
ずっと微笑んでいた小夜は目を見開いた。
「これはその為のツールとして、使って欲しい。」
「はい。」
『博士…。』
オーキド博士は瞳を潤ませる小夜に微笑んだ。
孫であるシゲルには渡さないメガストーンとキーストーンをシルバーに与えたオーキド博士は、シルバーを認めてくれている。
シルバーは生半可な気持ちでゲンガナイトを受け取ってはいけないのだ。
シルバーはオーキド博士に頷かれ、ゆっくりとゲンガナイトを受け取った。
幻想的な模様の中に、真剣な自分の姿が薄っすらと映っている。
「ありがとうございます。」
「君なら使いこなせるじゃろう。」
『博士、私からもありがとうございます。』
「構わんよ。」
オーキド博士は瞳を潤ませる小夜の頭を優しく撫でたのだった――。
『シルバー。』
「……何だ。」
我に返ったシルバーは小夜の瞳を見た。
小夜の端整な顔に微笑みを向けられると、シルバーの心は癒される心地がした。
肩に入っていた力も自然と抜けた。
『メガストーン、如何やってゲンガーに着けてあげようか?』
ネックレスにするにはゲンガーの体型的に厳しいだろう。
因みにボーマンダのメガストーンは首元に装着されている。
「やっぱり腕だな。」
『そうね。
私が作ってあげる。』
「ああ、頼む。」
二人がベランダへ続くガラス窓の前に立った時、シルバーはカーテンのレースに触れたまま止まった。
そして手に持ったままだったゲンガナイトに目を落とした。
その手首にはキーストーンが煌めいている。
シルバーの背後にいた小夜は小さく首を傾げ、小声で言った。
『使いこなせるか如何か不安?』
「……。」
シルバーは口元に嘲笑を浮かべた。
メガ進化は容易な事ではない。
小夜がボーマンダをメガ進化させて以降、シルバーはメガ進化に関する様々な情報を掻き集めた。
トレーナーの誰しもがポケモンをメガ進化させられる訳ではない。
そのメガ進化が負担となり、我を忘れて暴走してしまうポケモンもいる。
そして、強い絆が必要だ。
『意味が分からない。』
「は?」
シルバーはきつく眉を寄せた。
だが小夜は依然と微笑んでおり、シルバーに手を伸ばした。
そして困惑するシルバーの頬を励ますかのように包んだ。
『ゲンガーはシルバーの事、本当に大好きよ。』
シルバーは一息吐くかのように笑ってみせると、頬を包んでくれる小夜の両手首に触れた。
小夜はふわりと微笑んだ。
一時期は見る事の出来なかった柔らかい微笑みだ。
トクンと胸が高鳴ったシルバーは、小夜に軽く触れるだけの口付けをした。
一気に真っ赤になった小夜は瞳を瞬かせた。
「サンキュ。」
『…うん。』
シルバーは堂々と口角を上げてみせると、レースのカーテンを両手でシャッと開けた。
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