研究者-2

その夕方、シルバーはオーキド博士から貰ったメガストーンを使用し、メガ進化をすぐに試した。
ゲンガーを使ってトレーナーとバトルをした経験がないにも関わらず、メガ進化は成功した。
小夜も言っていたが、メガ進化の瞬間にゲンガーとの絆を感じる不思議な感覚がした。
ゲンガーの特性はメガ進化前後で変化する。
それも踏まえて、ゲンガーは様々な修行を積極的に行う事となるだろう。
シルバーは自分だけが使用している研究室で、ふとワニノコの置き時計を一瞥した。
夕食の時間まで一時間弱ある。
それまでに小夜から採取した遺伝子の配列を分析しなければならない。
オーキド博士は難題を突き付けてくるが、それも随分と慣れた。
シルバーはペンを持ち直し、パソコンの画面と向き合い直した。


―――ガチャ


後方で扉が開く音がした。
この控え目な音の主はすぐに分かる。
オーダイルだ。
シルバーは其処にいるだろうパートナーに振り向いた。
だがその隣にいた人物に目を見開いた。

「…シゲル。」

「やあ。」

オーダイルの手にはシルバーに頼まれた参考書があった。
オーダイルはシルバーの元へ歩くと、分厚い参考書の表紙を見せた。
これで間違いないのかと首を傾げるオーダイルに、シルバーは表情を緩めて頷いた。

「サンキュ。」

シルバーはペンを置いてそれを受け取ると、机の上にある資料の山の上に置いた。
そしてシゲルに振り返ると、シゲルが言った。

「君がどんな事をしているのか興味があってね。

見学してもいいかい?」

「別に構わない。」

「ありがとう。」

シゲルは壁に凭れ、広い部屋を眺めた。
パソコンは勿論、化学実験の出来る試験官や計量カップなどが整理して置かれている。
本棚には遺伝子学や医学の本がずらりと並んでいる。
ソファーや冷蔵庫もあり、充分に寛げる部屋だ。
一方のオーダイルは部屋の隅にあった冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、ケトルの中に入れた。

「君はおじい様も知らないような薬物を沢山知っていたらしいね。」

「俺はロケット団員の育成所で英才教育を受けていた。

ロケット団の技術はかなり進んでいる。」

学会や世間には公表されていないような薬物がロケット団の研究所では発見され、更に研究されている。
シルバーはそれらを記憶していた。
するとオーダイルがシゲルにお茶の入った湯呑みを渡した。
シゲルは驚きに目を瞬かせたが、微笑んで受け取った。

「ありがとう。

君は良いポケモンだね。」

シゲルは庭でオーダイルに怒鳴られたが、張本人であるオーダイルは水ポケモンなだけに水に流している。
先程廊下でオーダイルに遭遇したシゲルは、シルバーの元へ向かうであろうオーダイルについてきた。
ついて行っていいかと尋ねたシゲルを、オーダイルは快く歓迎した。
シゲルがほうじ茶の香りにホッとすると、オーダイルがシルバーにもお茶を渡していた。
シルバーはからかうような目線で言った。

「主人より先にシゲルに渡すとは如何いう事だ。」

“シゲルはお客さんだよ、御主人。”

にこにこしながら突っ込むオーダイルに、シルバーも釣られて静かに笑った。
それを黙って見ていたシゲルが無意識に尋ねた。

「本当に君はポケモンに暴力を…?」

シルバーは湯呑みに伸ばした手を止め、自嘲気味に言った。

「本当だ。」

「嘘だろ。」

「嘘じゃない。

そうだろ、オーダイル。」

オーダイルはぐっと眉を寄せ、困惑した。
あの時の事を忘れた訳ではない。
それでもあの恐怖よりも、今シルバーが与えてくれる不器用な愛情の方がずっと強い。
主人と過ごす日々は充実していて温かい。

「手持ちポケモン全員に…?」

「オーダイルだけだ。」

“その話は嫌いだ。”

しょんぼりするオーダイルは俯いた。
焦ったシルバーはオーダイルの顎を宥めるようにぽんぽんと叩いた。

「お前はこの話が嫌いなんだったな。

悪かった、もうしない。」

オーダイルは弱々しく微笑み、大きく頷いた。
シゲルは申し訳ない気持ちになり、これ以上問い質すのをやめた。
興味本位で尋ねるべきではなかった。
シルバーを変えたのは間違いなく小夜だろうし、シルバーのポケモンの前で尋ねるのもよくなかった。
シゲルが思考を巡らせている間にも、シルバーはオーダイルに頼んだ参考書を傍らにパソコンと向き合い直した。
オーダイルは食器ラックに置いていた食器を棚に片付け始めた。
シルバーの視線が参考書とパソコンを往復する中、シゲルが静かに言った。

「おじい様は君に小夜を守って欲しいと言っていた。」

「それは俺も直接聴いた。」

「僕も小夜を守りたい。」

シルバーは再び手を止めた。
シゲルの真剣な声が真っ直ぐ耳を通る。

「もっと強くなって、また君に挑む。」

「上等だ。」

「僕は小夜を諦めない。」

「絶対に渡さない。」

シルバーは振り向き、壁に凭れているシゲルに口角を上げてみせた。
その好戦的な笑みを見たシゲルも、同じように笑った。
もしかすると、シゲルはこの事を伝えたくて此処を訪れたのかもしれない。
オーダイルが洗い物をする音がカチャカチャと鳴っている。
シルバーは何かをメモしながら何気なく言った。

「お前はポケモントレーナーよりも、研究者の方が向いているんじゃないか。」

シゲルは目を見開いた。
何も言い返してこないシゲルが気になり、シルバーは振り向いた。
僕はポケモンマスターになるんだ、などと突っ掛かってくるかと思ったのに。

「……如何してそう思うんだい?」

「お前の考え方を聴いていて、そう思った。

ポケモンマスターになる夢はお前に向いていない。」

皮肉めいた言い方だったが、シゲルは気にならなかった。
それよりも研究者≠ニいう単語がシゲルの中に強烈な印象を与えたのだ。

「……考えてみるよ。」

呟くように言ったシゲルは壁から背を離し、オーダイルに空の湯呑みを渡した。
そして御馳走様と言ってから扉へ向かった。
シルバーとオーダイルがその姿に視線を送った。

「じゃあ僕は行くよ。」

シゲルは何処かぼんやりと上の空の様子で出て行った。
オーダイルは不思議そうに首を傾げ、シルバーも目を瞬かせた。

「変な奴だな。」

それにしても、シゲルとあんな風に会話出来るとは思っていなかった。
まるで子供のように無視されるのかと思えば、そうではないらしい。
シルバーはシゲルがずっと想いを寄せていた小夜と交際し、更にはゲンガーに主人を希望された人物だというのに。
シルバーが思った以上に、シゲルは大人のようだ。
シルバーの心配事が続々と解決されていく。
ほっとしたように息を吐いた主人を、オーダイルは嬉しそうに見ていた。



2016.1.21




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