時の修正能力

オーキド博士は二階の自室にて、ポケルスに関する論文を文書作成ソフト上に打ち込んでいた。
参考にしているのは、昨夜小夜から受け取った文書だ。
一昨日小夜に渡した書類はポケルスに関する論文だったが、あれは他の有名な博士によって執筆されたものだ。
その内容の要約と分析を文書にするという作業を小夜に依頼したが、昨夜早くも完成したという本人からそれを受け取った。
丁寧に纏められている文書は非常に分かり易く、以前からこういった作業を小夜に依頼する事は多かった。
複数ある他人の論文を読破且つ理解するには、一定の時間が掛かる。
それを短時間でやってのけるのが小夜だった。
人間とかけ離れた頭脳を持ち合わせて生まれてきた小夜は、文章のインプットが異常に速い。
この六年間、その能力には助けられてきた。


―――コンコンッ


控え目なノック音がした。
他の研究員とは違うその音は何処か凛としている。
思った通りの少女が扉を開け、顔を出した。

『博士、お茶です。』

「おお、助かる。」

オーキド博士は文書を眺めていた視線を扉に向けた。
愛らしい微笑みを向ける小夜は、盆に乗っていた湯呑をオーキド博士の机に置いた。
灰色をしたスチール製の机は、小夜の部屋にある作業用の机とよく似た構造をしていた。
周辺には大量の本棚と、木製で長方形の実験作業台がある。
先程まで何かの実験をしていたのだろうか。
様々な色の液体が入っている試験管が並んでいて、その中身は既に変色している。
用済みだと解釈した小夜は瞳を青く光らせた。
すると、それは一瞬青い炎に包まれ、消滅した。
物を無に帰す能力は、小夜が余り使用しない能力だ。
亡くなったカラカラの骨が奥底に閉じ込められていたあのトラックや、時渡りに関する例の紙に使用した程度だ。

「すまんのう。

だがしかし、能力を頻繁に利用するのはいかんぞ。」

『あ…はい。』

小夜は思い出したように返事をした。
本当に忘れていたようだ。

『昨日もシルバーから注意されたばかりなんです。

気を付けないといけませんね。』

「うむ。」

小夜がこの研究所で匿われていた間、オーキド博士は能力を簡単には使用しないようにと言い付けていた。
実際、小夜はその言い付けをしっかりと守っていた。
オーキド博士が大目に見ていた事と言えば、夜中に極秘で行われる修行だった。
エーフィとボーマンダだけでなく、小夜自らの戦闘能力の向上に費やす時間だ。
オーキド博士はそれを目にした経歴がある。
大胆且つ豪快かと思っていた修行は、庭のポケモンたちが気付かない程に粛々と行われていた。
小夜の巨大な結界内でエーフィとボーマンダは頻繁に闘っていたが、結界が防音の役目を果たしていた。
もし誰かに見られたとしても、小夜の記憶削除能力があるし、先ずそうなる前に気配を感知して中止にしていた。
六年間に渡って殆ど毎日あれ程の修行をしていたにも関わらず、誰にも気付かれずにやってきたのは小夜だからだろう。

『博士、後でお話があります。』

「今でも構わんよ。

休憩しようと思っておったんじゃ。」

『本当ですか?

なら、シルバーも一緒に宜しいですか?』

「勿論。

呼んできなさい。」

『はい。』

小夜は盆を持ったまま踵を返し、早足で部屋から出ていった。
オーキド博士は小夜が運んできた湯呑を手に取り、普段から好んで飲んでいる緑茶を啜った。
シルバーと一緒に話したいのは、きっとハテノの森で何があったかという内容だろう。
昨日一昨日と多忙だったオーキド博士は、小夜とじっくり話す時間を取れていない。
やっと帰ってきた孫のような少女との交流を大切にしたいが、しなければならない事が山ほどあった。
研究に費やす時間や環境は充実しているが、時折厄介だと思う。
五分も経過しない内にノック音が響いた。

『連れてきました。』

「失礼します。」

小夜に続いて部屋に入ってきたシルバーは頭を下げた。
オーキド博士は二人に朗らかな笑顔を向けると、実験作業台の丸椅子を指差した。

「其処に座りなさい。」

小夜は軽く頷き、足を動かさずに腕をそっと上げた。
だが、その手首をシルバーが素早く掴んだ。

「念力を乱発するなと言った筈だ。」

『あ…。』

小夜は驚いたように瞳を瞬かせた。
念力を発動しようとしている小夜に、シルバーはよく気付いたものだ。
小夜をしっかり見ている証拠だった。
オーキド博士は能力を頻繁に使用しているらしい小夜に困りながらも愉快に笑った。

「シルバー君は監視役に向いておるようじゃな。」

『えへへ…。』

「笑っている場合じゃないだろ。」

半ば呆れているシルバーは小夜の手首を解放し、指定された丸椅子を持ってきた。
ありがとうと言いながら小夜がそれを受け取り、オーキド博士の前に二人で腰を下ろした。
オーキド博士は片肘を机の上に置き、二人に真っ直ぐ向き合った。





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