譲渡

深夜零時前。
小夜はミュウツーと別れの挨拶を交わし、屋根から降りて宿泊の小部屋へと向かった。
ノブを回してゆっくり扉を開けると、もう眠っているかと思われたシルバーは壁に凭れながら小夜を待っていた。
想い人の帰りに口角を上げたシルバーだが、その頭の上になくした筈の物がある事に目を見開いた。

「お前、その帽子?!」

シルバーの膝の上にはアリゲイツが乗っていた。
つい先程まですやすやと眠っていたが、主人の声で眠りから覚めた。

『ミュウツーに逢った。

彼が届けてくれたの。』

小夜は嬉しそうに微笑むと、帽子を脱いでリュックの隣に置いた。

「何処で逢った?」

『屋根の上。

月が見たかったの。』

小夜はシルバーのすぐ前に座ってから眠そうなアリゲイツの頭を撫で、窓から月を見上げた。

『ミュウツーは探している景色があるんだって。』


―――私は夢で見た、ミュウが飛び去っていったあの景色を探している。

―――もしそれが見つかったのならば、その時はお前と共に生きよう。


『何時になるか分からないけど、何時か一緒に旅をするって約束した。』

アリゲイツは優しく微笑む主人が小夜を愛おしそうな目で見るのを見て、邪魔しないようにと二人から離れてシルバーの布団へ潜り込んだ。
小夜は眠りに就こうとするアリゲイツを一瞥すると、シルバーと視線を合わせた。

『ねぇ、如何して…?』

小夜は文章を省いて尋ねた。
正しくは、如何してアリゲイツだけをボールから出していたのか、だった。
シルバーはすぐに全文を察した。

「…分かっている筈だ。」

『分からないよ。』

「…。」

シルバーは小夜の腕を引いて身体を引き寄せ、小夜の耳元に唇を近付けた。
布団に潜っているアリゲイツに聴こえないように、ひっそりと言った。

「俺があいつを盗んだのは、此処だ。」

『知ってる。』

「気付いていたのか?」

『アリゲイツから直接聴いたの。』

アリゲイツは規則正しく寝息を立て始めたが、それでも二人は声のトーンを上げなかった。
お互いの顔が近い事に胸が高鳴った小夜は、シルバーの頬に自分のそれを甘えるようにして擦り寄せた。
そんな小夜を愛おしく感じたシルバーは、そのまま小夜の後頭部に手を回して頭を引き寄せ、強く抱き締めた。

「アリゲイツの事で、考えている事がある。」

『何を?』

「……明日分かる。」

何を考えているのかを説明してくれないシルバーに、小夜は詮索しようとしなかった。
時渡りで過去に渡りたいと望んだのを小夜がシルバーに話さないのと同じように、シルバーにも小夜に話したくない事がある。
小夜は哀しげな表情を浮かべたが、小夜を腕に抱くシルバーにはそれが見えない。

『シルバーは何処にも行かないよね?』

「何だよ急に。」

『行かないよね?』

小夜の声は若干震えていた。
シルバーは眉を寄せた。

「お前、変だぜ。

何かあったか?」

シルバーは小夜を抱き締めるのを止めて小夜の肩に手を置き、顔を覗き込んだ。
だが小夜は俯き、シルバーと視線を合わせようとしない。

「ミュウツーと何を話した?」

『…。』

「一緒に旅をする約束をしただけじゃないだろ。

ロケット団の話をした筈だ。」

シルバーは黙ったままの小夜の頭に手をぽんぽんと置いた。
小夜は「ロケット団から小夜に関する電子データや記憶を抹消し、もう解放された」とミュウツーに説明した筈だ。
ロケット団の存在なしに小夜とミュウツーの関係は語れない。
つまり小夜とミュウツーがロケット団の話題なしで会話が終わったとは考えにくい。
そしてロケット団から解放されたという話題から、如何しても外せない人物の存在がある。

「あいつの事を思い出したんだな。」

小夜はシルバーと出逢った頃から、シルバーが分析能力に優れている事は承知していた。
小夜が否定したとしても、シルバーはすぐに底が割れるような証拠を持ち出してくるだろう。
小夜は諦めて頷いた。
敷布団のシーツを握る小夜の拳に、小さな雫が一滴落ちた。

『…っ…。』

涙だった。
声を押し殺そうとしても口から漏れてしまい、水晶のような瞳からどんどん涙が零れる。
整った顔を両手で覆って泣く小夜を前に、シルバーは小夜を一人にしてやろうと思い、ゆっくり立ち上がった。
だが踵を返そうとしたシルバーの腕を、小夜が涙で濡れた手で掴んだ。

『…行かないで…。』

涙で一杯の瞳でシルバーを見上げる小夜の表情に、シルバーの胸は締め付けられた。

「小夜…。」

『お願い…何処にも行かないで…!』

小夜は震える足で立ち上がり、ぶつかるようにしてシルバーに抱き着いた。
シルバーはよろめいたが、胸に縋ってきた愛おしい少女を受け止めた。

『傍にいて…。』

シルバーは痛い程に力を込めて小夜を抱き締めた。
息が苦しくなる程の抱擁が、今の小夜を安堵させた。

「分かった、何処にも行かない。」

『本当に?』

「今後お前がどっか行けって言っても絶対に離れないぜ。」

『どっか行けなんて言わないもの。』

小夜は不貞腐れた顔をシルバーの肩にぐりぐりと擦り付けた。
その様子を見たシルバーは思わず鼻で笑った。

『何よ。』

「可愛いなと思ったんだよ。」

『…な!』

次に喉で笑ったシルバーは火照った小夜の顔を見ると、その顎を優しく持ち上げた。
小夜がその行動に息を呑んで瞳を見開いた時、シルバーは小夜の唇のすぐ横に自分の唇を落とした。




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