手製風呂

『ただいま。』

太陽が高く昇った時間になり、ようやく小夜はポケモンセンターへと帰還した。
真っ先に出迎えたのは、腕を組んで睨み付けてくるシルバーだった。

「てめぇ、何処へ行っていた。」

扉を閉める小夜の前に立ち塞がり、自分より若干身長の低い小夜を見降ろした。
威圧感を出すシルバーだが、小夜はシルバーと視線も合わせず無表情だった。
シルバーの後方にいるポケモンたちは、先程までのシルバーの苛立ちぶりにはらはらしていた。
何か一言声を掛けてから出掛けろと忠告した矢先に、小夜のベッドがもぬけの殻。
ドレッサーの上にあったアンケート用紙には、短過ぎる置き書き。
シルバーの怒りは言うまでもなく爆発し、「帰ってきたらぶん殴る」やら「女だからって容赦しねぇ」やら不機嫌な台詞を一人で連発し、近寄り難いオーラを放出していた。
沸々と怒りの炎を燃やすシルバーにポケモンたちは朝から誰も声を掛けず、今に至っていた。

「答えろ。」

『…。』

小夜は殺気立つシルバーの顔を見上げた。
何の感情も持ち合わせていないような小夜の表情に、シルバーは顔を顰めた。
小夜の肩を掴もうと思い、シルバーが組んでいた腕を解くと、それを見計らったように小夜がシルバーの胸に寄り添った。

「な…!」

手持ちポケモンたち全員が見守る中で、小夜はシルバーの背に腕を回した。
シルバーは何の拍子もなかったその行動に当惑し、耳まで真っ赤になった。

『生きてるのね。』

「…?」

『シルバーは、生きてるのね。』

小夜はシルバーの肩口に頬を擦り寄せ、命の温もりを感じた。
彼はもうこの世にいない。
先日救い出したあのカラカラも生きてはいない。
だが、シルバーは此処にいる。
此処で生きている。

『命は儚いね。』

「…。」

腕のやり場に困惑していたシルバーだが、小夜の背に強く回した。
小夜は回された力強い腕に安堵すると、涙の溜まっていた瞳をそっと閉じた。
シルバーの黒いTシャツに涙が染み込み、それに気付いたシルバーは小夜の頭を撫でた。

「小夜。」

優しく名を呼ばれた小夜がシルバーの肩から顔を上げると、お互いの鼻先が触れ合いそうな至近距離にあった。
シルバーは胸の高鳴りを感じた。
小夜の透き通った瞳は揺れながらも、シルバーを真っ直ぐに見つめている。
シルバーは固唾を飲んだ。

駄目だ、キスしたい。

小夜の後頭部に手を回し、顔を傾けて赤い目を閉じた。
だが事はそうも上手くはいかないものである。
唇が触れ合うという時、小夜の唇が動いて何かを発した。

『皆が見てるよ。』

シルバーが目を丸くして素早く振り返ると、ポケモンたちが皆して目を瞬かせながら二人を見つめていた。

「……。」

ポケモンたちの存在を忘れていたシルバーは、顔が更に真っ赤になった。
バクフーンとアリゲイツはにやにやしながら声を合わせて何かを言った。

「何と言った。」

『どうぞ続きを、って。』

エーフィとボーマンダは唖然としたまま身体を硬直させているが、他のポケモンたちはにやにやしていた。

「どうぞ続きをって……出来るか!!」

シルバーはベッドの枕を引っ掴むと、バクフーンに向かってぶん投げた。
バクフーンがそれを華麗に避けると、その背後にいたボーマンダの顔に直撃した。

「ふが!!」

間抜けな声を上げたボーマンダはギロリと目を光らせ、その枕を咥えてシルバーに向かってぶん投げた。

「うっ!」

懐でそれを掴んだシルバーだが、その威力はかなり強烈で思わず唸った。

「この野郎…。」

“してやったぞ!”

ボーマンダは踏ん反り返った。
エーフィは小夜の足元に寄ると、何があったのかと説明を求めた。

『後で話すね。』

小夜はエーフィの頭を撫で、エーフィはその温かい手に顔を擦り付けた。
小夜とシルバーの急接近には目を見張るものがある、とエーフィは思っていた。
小夜は口付けられそうだったのを遠回しに拒んだ、確実にシルバーに惹かれている。
そんな中で、ワカバタウンへの旅が始まる。




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