幼馴染みとの通話-3

オーキド博士の予想した通りに早速赤面しているシルバーは、小夜に腕を引かれてどぎまぎしていた。
昨日抱き合った事実がある今、触れられるというだけで意識してしまう。

「おい、引っ張るな。」

『良い物貰ったね。

エーフィたちに自慢しようっと。』

食事室へと戻った二人は隣の部屋にある調理室へと食器を運び、小夜がそれを洗った。
食器洗いの音が聞こえる中、シルバーは腕を組みながらポケナビを見つめた。
オーキド博士が自分に微笑んでくれたのを思い出す。
他人に優しくされる事に免疫がないシルバーの胸に、違和感が残った。
小夜はオーキド博士の元で育ったが、シルバーは違う。
自分をロケット団の次期社長に育て上げようとしたサカキは、オーキド博士のように寛大な人間ではなかった。
ロケット団の捕獲対象であった小夜と自分の間に子供を作る――という腐った野望を持っていた最低な父親は、シルバーに様々な英才教育を施した。


―――守られてばかりのお前が私を倒せるのか?

―――シルバー、お前は弱い。


あの言葉がシルバーの身体に沁み込んで離れない。
食器ラックに食器を片付け終わってハンドタオルで手を拭く小夜は、俯きながら壁に凭れるシルバーを見つめた。
腕を組んで黙考しているシルバーは、小夜が食器を洗い終わった事に気付いていない。

『シルバー。』

「!」

シルバーが顔を上げると、小夜の端整な顔が目に映った。
どきりと心臓が跳ね、ぷいっと顔を逸らした。

『如何したの?』

「終わったならさっさと部屋に戻るぜ。」

『ねぇ、何を考えてたの?』

「別に何も考えてねぇよ。」

『ねぇってば。』

小夜がシルバーの腕を両手で掴んだが、シルバーは反射的にそれを振り払った。

「あ…。」

『っ、ご…めん。』

何故、小夜に謝られなければならないのだろう。
小夜は何も悪くないのに。
瞳を潤ませて黙っている小夜に、シルバーは罪悪感で胸が一杯になった。

「…悪かった。」

シルバーは小夜の後頭部に手を回し、自分の肩にその小さな顔を引き寄せた。

『…。』

「何も訊かないのか?」

シルバーの温もりに安堵した小夜は瞳を閉じた。
何も言わない小夜に、シルバーは呟くように言った。

「…親父に言われた言葉が頭から離れない。」

『弱いって言われた事?』

「ああ。」

『あんな言葉、真に受けなくてもいいのに。』

深夜は部屋から覗いてくるポケモンたちに邪魔されて出来なかったが、シルバーは小夜の艶のある髪をやっと撫でた。
シャンプーの香りだろうか、小夜の髪からほんのり甘く優しい香りがした。
傷んでいる部分一つないこの髪を見ていると、やはり小夜は人間ではないと実感させられる。

「お前を守れるようになりたい。」

『シルバー。

夜にも言ったけど、私はシルバーに支えられてる。

それだけで充分守られてるよ?

嘘じゃないよ?』

「…。」

シルバーは小夜の頭を引き寄せる手に力を込めた。
小夜を信用していない訳ではないが、如何しても不安だった。

『シルバー、鼻潰れちゃう。』

「っ、悪い…。」

シルバーが小夜から手を離すと、小夜は赤い鼻を手で擦った。
シルバーはすぐ傍にあった壁に片手を突き、再度俯いた。
悲痛な表情をするシルバーを、小夜はじっと見つめた。
オーキド博士、バショウ、そして今目先にいるシルバー。
こんなに自分の事を考えてくれる人がいるのは、とても幸せな事だ。
シルバーが如何して此処まで自分の事を考えてくれているのか、その理由は小夜にも分かっている。
先日亡くなった彼はシルバーに小夜を託した。


―――全てが解決してからも、彼ならきっと貴女の傍で力になってくれます。

―――貴女は良い人に巡り合いましたね。


その意味はもしかしたら、小夜とシルバーが恋人として共に歩んでいって欲しい、という願いが込められているのかもしれない。
その真相は彼に訊いてみなければ分からない。

『シルバー。』

小夜はシルバーの頬に片手を伸ばした。
ぴくりと反応したシルバーは伏せていた目を上げ、自分より少しだけ身長が低い小夜と視線を合わせた。

「小夜…?」

シルバーは以前もこうやって小夜から頬に手を伸ばされた事があった。
あの時はシルバーからほんの一瞬の短い口付けをした。
シルバーは壁に突き付けていた腕を下ろして小夜の頬に手を伸ばし、滑らかな肌を撫でた。
シルバーは心臓が煩く誇張する中、何を考えているのか分からない少女をただ見つめた。

『誰か来る。』

「!」

我に返ったシルバーは咄嗟に小夜から離れ、その瞬間調理室の扉が開いた。
現れたのは、額に赤いバンダナを着けている黒髪の青年だった。

「あれ、先客がいたんですね。」

『貴方は誰?』

「僕の名前はケンジです。

オーキド博士の助手をさせて頂いています。」

ケンジと名乗った青年は小夜の容姿を見て、はっとした。

「貴女は小夜さんですね!

オーキド博士から優秀な助手だという話は伺っています。

オーキド博士が仰った通り、本当に美しい方ですね!」

爽快な笑顔を向けるケンジは小夜に手を差し出し、小夜はその手を取って握手した。
完全に小夜が年上だと思い込んでいるようだ。
小夜が十歳だと聴いたら、さぞ驚く事だろう。

『私は小夜です。

彼はシルバー、私の連れです。』

「シルバーさん、宜しくお願いします!」

「……ああ。」

よく口の動くケンジに気押されていたシルバーは、差し出された手を戸惑いながらも握った。

「僕は博士の朝食の準備をしようと思ったんです。

小夜さんたちは?」

『使わせて貰った食器を洗っていたんです。』

「そうですか、ありがとうございます。

後で片付けておくので心配しないで下さい。」

『ありがとう。』

小夜が微笑むと、ケンジは不意を打たれて頬を染めた。
それを見たシルバーは額に手を置き、浅く溜息を吐いた。

『それじゃあ。』

「あ、はい!また!」

シルバーは先を行く小夜の後を苦笑しながら追い、二人は調理室を後にした。
シルバーが見たケンジの目はキラキラしていた。
男性の前でもう微笑むなと小夜に言いたくなったシルバーだが、それは幾ら何でも無理だ。
長い廊下を歩きながら、シルバーは呆然と言葉を零した。

「エーフィの苦労が目に見える。」

『え?』

「いや、別に…。」

これからはもっと人前に出る事が増える。
男の心を奪いまくる小夜が容易に想像出来るシルバーは、気が重くなった。
もしかすると旅立つ前のエーフィもこんな気持ちだったのかもしれない。
エーフィが普段ぴりぴり気を張ってがみがみ説教しているのも納得だ。
軽い脚取りで隣を歩く小夜を一瞥したシルバーは、今日何度目かの溜息を吐いた。



2013.3.5




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