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私は嫌われている。
不死川実弥という人に。

蝶屋敷の一室で、私は男性隊士の左足に包帯を巻き直していた。
長らく入院しているその隊士が、私にだらしない顔で言った。

「円華ちゃん今日も可愛いね?
骨折が治ったら俺と帝都までお出かけに行かない?」
「機能回復訓練があるのをお忘れなく」

呑気にお出かけなどと言う前に、機能回復訓練が待ち受けている。
私が作り笑いを浮かべても、この隊士はそれに気付く素振りがない。
そこにしっかり者の神崎アオイが現れた。
可愛らしい二つ結びをしているアオイは、眉を吊り上げながら、鋭い口調で言った。

「何度も言いましたよね。
円華に馴れ馴れしくするのはやめてください!」
「うわっ出た…」
「出たじゃありません。
いい加減にしないと縛りますからね!」

アオイの気迫に負けた隊士は、逃げるように頭から布団を被った。
苦笑した私は、寝台の横にある丸椅子から腰を上げた。
そうしている間にも、突き刺すような視線を感じる。
それは同室に入院している不死川実弥さんから向けられるものだった。
不死川さんの隣で入院している粂野匡近さんが、控えめに眉尻を下げた。

「円華ちゃん、悪いね。
誘うのはもうやめろってそいつに何回も言ったんだけどさ」
「粂野さん、大丈夫ですよ」

哀しいことに、慣れてしまっていますから。
私は粂野さんに笑顔を向けた。
不死川さんと粂野さんの階級は甲。
二人して仲良く同時期に怪我をして、入院しつつ機能回復訓練を行なっている。
粂野さんは弟弟子である不死川さんが怪我をした際、蝶屋敷に無理矢理引っ張ってくる時がある。
その度に、しのぶさんや私と賑やかに談笑する仲だ。
人懐っこい性格で話も上手い粂野さんと、私はすぐに仲良くなった。

「後で訓練を頼むよ」
「お待ちしておりますね」

私は同室の三人に会釈をすると、部屋を後にした。
廊下で私を待っていたアオイは、両手を腰に当てながら言った。

「もう、円華ったら。
もっとバシッと言えばいいのよ!」
「怪我で弱っている人にはなかなかきつく言えなくて」

特に怪我人は心が不安定な場合もある。
私を誘いたくなるのも、きっと一過性のものだ。
二人で廊下を歩きながら、診察室へ向かった。
アオイが扉を三度叩き、室内に声をかけた。

「カナエ様、失礼します」

扉を開けると、花柱である胡蝶カナエ師範の姿があった。
彼女は私の師範。
つまり、私は花柱の継子である。
師範は私たちに柔らかく微笑んだ。

「円華、アオイ。
怪我人の具合はどうだったかしら?」
「元気ですよ、特にあの人は。
円華に馴れ馴れしくするくらいですから」
「あらあら、またお出かけに誘われちゃったのね」

師範は困ったように笑ってみせたけれど、一方のアオイは腕を組みながらぷんすかしている。
私は使用済みの包帯を処分しながら苦笑した。

「私、不死川さんに嫌われているようです」
「不死川くんに?」
「カナエ様、聞いてください!
円華をいつも物凄い顔で睨むんです、あの人。
円華が何をしたっていうんですかね?」

アオイは私を睨んでばかりの不死川さんに苛立っているようだった。
躍起になるアオイが可愛くて、師範と私は目を見合わせて笑った。
不死川さんから刺すような眼光で睨まれるようになったのは、いつからだっただろうか。
何がきっかけなのか、それすら分からないのだ。

怪我人の病状を師範に報告した後は、機能回復訓練が待っている。
廊下へ出たアオイは私の手を取り、ぐいぐいと引っ張った。

「さあ、訓練場へ行くわよ!」
「そんなに引っ張らなくても」
「あの人に何かされたらすぐに言うのよ?」

今から機能回復訓練にて、私に殺気立つ不死川さんのお相手をするのだ。
何故、こんなに嫌われているのだろうか。
訓練場へ向かう足取りが重い。
これが終わったら、友人に文を書こう。
それを楽しみにでもしないと、廊下を進む足が止まりそうだ。



2022.2.28





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