5

結局、今日も睨まれ放題だった。
今朝なんて、笑顔を向けたら逃げられてしまった。
明け方に励ましてくれた不死川さんは、何処へ行ったのだろうか。
ひょっとしたら、あれは幻だったのかもしれない。

不死川さんを含めた隊士の方々に薬湯を余すことなくぶち撒けた私は、新しい薬湯を調合していた。
あれだけ薬湯を連続でぶち撒けられたら、私でも挫けそうになるし、機嫌を損ねるだろう。
頭からぶち撒けられる薬湯を勿体ないと思うこともあるけれど、それが蝶屋敷の方針だから仕方がない。
薬湯が物凄く苦くて臭ければ、隊士も本気を出して訓練する。
笑いながらそう話していたのは、しのぶさんだ。

「円華、まだ起きていたの?」
「師範」

薬剤の調合室に、師範が顔を出した。
優しい笑顔を浮かべた師範は、私の傍に立った。

「無理をしなくてもいいのよ」

優しく背中を撫でられると、涙腺が緩みそうになった。
私は笑顔を取り繕ったけれど、師範には見抜かれてしまう。

「お友達を失ったら哀しむのは当然よ?
あなたがいつも文を出していた大切なお友達だったんでしょう?」
「…はい」

私は唇を噛みながら懸命に頷いた。
師範が私の頭を柔らかく撫でてくれた。

「あなたはとても強い子だけれど、哀しい時は無理をしないでね」

私が涙ぐみながら笑顔を見せると、師範も華やかな笑顔を見せてくれた。
美人で心優しい師範。
私はあなたの継子になれて、とても幸せです。

「解毒薬を作ろうと思っていたの。
一緒に調合してもらえるかしら?」
「ご指導願います」

さあ、切り替えよう。
今は師範との調合に集中だ。
哀しむ時間なら、後で幾らでもある。

「ところで円華」

師範は薬剤の瓶を手に取りながら、私に好奇の視線を向けた。
それを不思議に思った私は、小首を傾げた。

「不死川くんとはどうかしら?」
「えっ…どうして不死川さんなのですか?」

もしかして、明け方に寄り添っていたのを見られたのだろうか。
不死川さん以外に人の気配はしなかったから、そんな筈はない。
師範は私が答えるのを笑顔で待っている。

「相変わらず嫌われています」
「そんなことはないと思うわ」

いいや、とんでもなく嫌われている。
毎日あれだけ突き刺すように睨まれているのだから。

「嫌われているのを通り越して、憎まれている気さえするのです」
「…あらあら」

師範が何故か残念そうに肩を落とした。
私は思い切って口を開いた。

「ですが…今日の明け方に…その」
「何かしら?」
「泣いている所を励ましてもらいました」
「あらー!」
「結局また睨まれてしまったので、あれは幻だったのかもしれません」
「…まあ」

師範は喜んだり肩を落としたりと忙しない。
彼は明け方のことなどすっかり忘れてしまったのだろうか。
幻だったのかと思うくらい、私は今日も睨まれたのだ。
本当は優しい人なのに、何故だろうか。

「あの不死川さんにもう一度逢えたら、改めて感謝を伝えたいのです」
「気になる?」
「え?」
「不死川くんのこと、気になるかしら?」

気になる?私が不死川さんを?
私は調合の手を止めた。
師範を見ると、優しい微笑みを浮かべていた。
私は考えていることを口にした。

「私の中では、不死川さんはお二人いらっしゃるんです。
一人は優しくて、もう一人は私を嫌っていて…」

同一人物とは思えない二人の不死川さん。
紛れもなく同一人物だけれど、私が気になるのは優しい方の不死川さんだ。

「もう一度逢えたら、好きになっちゃうかしら」
「…す、好き?」
「あなたは剣士の前に女の子なんだから、好きな人が一人や二人いてもおかしくないのよ?」
「好きな人というのは、つまり恋愛感情ということでしょうか?」

師範は楽しそうに頷いてみせた。
恋愛?好きな人?
話が飛躍し過ぎている気がする。
それに想い人が二人もいたら大変だ。
私には恋愛感情を想像できなかった。
亡くなった友人が男性隊士の一人に想いを寄せていたけれど、私は上手く相談に乗れなかった。
誰かに好意を抱くというのは、どのような感覚なのだろうか。

「明日、不死川くんは退院するのよ」

師範からそれを聞いた時、ほっとしたような寂しいような気持ちになった。
不死川さんが明日から蝶屋敷にいない。
入院期間は長くはなかったけれど、何度も機能回復訓練に付き合った。

「もう一度逢えたらいいわね」

師範が期待するような表情を浮かべているのが不思議だったけれど、私は素直に頷いた。
もう一度逢えたなら、感謝を伝えたい。



2022.4.1





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