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杏寿郎さんの御父上との会話に、私はとても緊張した。
常中を維持していたかどうかなんて分からなかった程だ。
千寿郎さんが素振りをしている庭園へ向かいながら、ほっと息を吐いた。

「認めていただけて良かったですね」

隣で一緒に廊下を進んでいた杏寿郎さんが不意に立ち止まり、私は不思議に思った。
振り返ってみると、杏寿郎さんが私の手を握った。

「杏寿郎さん?」
「俺と君は、随分と昔に逢っていたのだな」

互いに当時の記憶はない。
それでも昔に逢っていたと聞けば、嬉しかった。
私はこの屋敷に来たことがあったのだ。

「今日から君は俺の婚約者だと解釈しても構わないな?」

婚約者という言葉に、私の心音が大きく高鳴った。
杏寿郎さんと見つめ合いながら、ゆっくりと頷いた。

―――私の生涯をかけて、杏寿郎さんに添い遂げるつもりです。

あのようなことを言ったのだから、婚約者も同然だろう。
将来を共にする強い覚悟があるからこそ、私はそう言ったのだから。
杏寿郎さんは優しい笑顔を見せてくれた。

「君はここへ引っ越す準備をしないといけないな」
「あの屋敷は残しても構いませんか?
古い屋敷ですが、先祖代々守ってきたものなのです」
「君のしたいようにすればいい」

杏寿郎さんは私の意思をいつも尊重してくれる。
心優しくて、頼もしい。
抱き合いたい気分だけれど、ここは煉獄家の廊下だ。
互いに自重した。

「千寿郎さんの所へ行きましょうか」
「そうだな、素振りを頑張っているだろうからな」

私たちがこうして話し合っている間にも、千寿郎さんは健気に素振りを続けているかもしれない。
私は杏寿郎さんに手を引かれて、千寿郎さんのいる庭園へと向かった。
最初に通してもらった客間を抜けて、板張りの縁側へ出た。
そこでは、千寿郎さんが汗を流しながら木刀で素振りをしていた。
私は杏寿郎さんと繋いでいた手をそっと離した。
杏寿郎さんが寂しそうに眉尻を下げるから、私は小声で言った。

「また後で繋ぎましょうね」
「必ずな」

私たちは小さな約束を交わした。
杏寿郎さんは素振りに熱中する千寿郎さんを呼んだ。

「千寿郎!」
「兄上、那桜さん」

素振りの手を止めた千寿郎さんは、私たちに駆け寄ってきた。
もしかして、ずっと素振りをしていたのだろうか。
その額には汗が滲んでいるし、息も上がっている。
努力している姿を見た私は、己の常中を改めて意識した。
千寿郎さんはおずおずと訊ねた。

「父上は認めてくださいましたか?」
「うむ!那桜は今日から俺の婚約者だ!」
「ほ、本当ですか?」

千寿郎さんが輝く目で私を見た。
その目は杏寿郎さんとよく似ている。

「それじゃあ、那桜さんを姉上とお呼びしても…」
「千寿郎は気が早いな!」
「那桜さん、よろしいでしょうか?」
「ふふ、どうぞ」
「姉上…!」

照れ臭いけれど、嬉しい。
千寿郎さんがほんわかとした笑顔を向けてくれる。
既に私を慕ってくれているのが分かる。
杏寿郎さんは口角を上げながら腕を組んだ。

「祝言はまだ先だ!
父上は那桜を心配しているのだろうな!」

御父上は私が本当に煉獄家に嫁いでも構わないのか、見極める時間を私に与えた。 
杏寿郎さんの妻になるという私の意思は、いつまでも変わらないだろうけれど。

「千寿郎、近いうちに那桜がこの屋敷に越してくる。
俺がいない間は、那桜に色々と教えてやってくれ」
「勿論です。
姉上、これからよろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」

屋敷に人が突然増えると決まれば、千寿郎さんが戸惑ってしまうのではないかと思っていたけれど、無事に受け入れてもらえたようだ。
私が心から安心した所で、杏寿郎さんは千寿郎さんに言った。

「約束通り、稽古をつけてやろう!」
「はい!兄上!」

煉獄兄弟の打ち込み稽古が始まった。
私はその様子を縁側で見学しながら、思いを巡らせた。
屋敷に帰ったら、引っ越しの準備をしなければ。
千寿郎さんは姉上と呼んでくれるし、御父上も認めてくださった。
私はこの屋敷で上手くやっていける気がする。
ふと空を見上げると、顔も覚えていない父が微笑んでくれた気がした。



2023.5.16





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