21-1

出立する杏寿郎さんを見送った私は、常中というものに挑戦しようとしていた。
杏寿郎さんによると、全集中の常中とは、全集中の呼吸を常に維持すること。
朝昼晩は勿論、寝ている間も。

「よし…やってみましょうか」

縁側で正座をして、瞼を閉じながら、まずは全集中の呼吸を試みる。
私は全集中の呼吸を実践の場でしか用いたことがなくて、且つ勘で使っていた。
こうして鬼と対峙せずに全集中の呼吸を用いるのは初めてで、若干手間取った。
無意識に口から出る呼吸音は、杏寿郎さんとは別物だった。

全集中の呼吸を維持したまま、色々とやってみた。
日輪刀で素振りをしたり、洗濯や掃除をしたり、婆様が残した医術書で勉学に勤しんだり。
そして、杏寿郎さんのことを考えた。

―――父上に君のことを話そうと思う。

杏寿郎さんの御父上は、元炎柱であり、私の父を看取ってくれた人だ。
御父上のことを話す時の杏寿郎さんは、少し哀しげな表情をしていた。
もし仮に、御父上が杏寿郎さんの話に耳を傾けず、且つ杏寿郎さんと私が恋仲であることを認めなかったとしたら。
私は一体どうすればいいのだろうか。
杏寿郎さんから身を引くなんてことは、到底できそうにない。
考え込んでいると、常中を忘れそうになった。

私は街に出ることにした。
杏寿郎さんがぬか床の漬物を全て完食したから、野菜を買いに行こうと思ったのだ。
和花柄の着物に着替えて、蜻蛉玉の帯飾りをつけると、屋敷を出た。
正午を過ぎた商店街は、人が疎で歩き易かった。
八百屋が見えてきた所で、私は見慣れた髪色を見つけた。

―――御先祖様が海老天を食べ過ぎたせいだ!

杏寿郎さんがそう話していた奇抜な髪色を、私はとても好きだと思う。
けれど、あの人は杏寿郎さんではない。
私は大量の野菜を四つの麻袋に分別して入れている少年に声をかけた。

「煉獄千寿郎さん、でしょうか」
「え?」

彼は声をかけてきた私を見て、驚いたように目を瞬かせた。
杏寿郎さんの弟、千寿郎さん。
兄である杏寿郎さんよりも柔らかな顔立ちだけれど、兄弟でよく似ている。
このような所で逢えるとは思わなかった。
私は穏やかな口調で言った。

「初めまして、花野井那桜と申します」

私は丁寧に頭を下げた。
千寿郎さんは口をぽかんと半開きにした後、一気に顔を赤くした。

「あ、あなたが兄上の…!
僕は煉獄千寿郎と申します!
御目にかかれて光栄です!」
「そんなに緊張なさらなくても」
「いえ、その、兄が那桜さんはとてもお美しい方だと話していて…まさかこれ程だとは思っていなくて…!」

杏寿郎さんがそんな風に話していたなんて。
身振り手振りで動揺している千寿郎さんが可愛らしく見えるのは、顔立ちが杏寿郎さんに似ているからだ。

「お荷物、お持ちしますよ」
「ですが女性に荷物を持たせるのは…」
「お構いなく」

これでも鍛錬している身だ。
しかも今、常中の練習中というおまけ付きだ。
私は麻袋を二つ受け取った。

「杏寿郎さんは沢山食べますから、買い出しが大変ですね」
「そうなんです、いつも大荷物になります」

杏寿郎さんの話をする千寿郎さんは、何だか嬉しそうだ。
兄を慕っているのがよく分かる。
千寿郎さんが私に一つ提案した。

「良かったら、屋敷へいらっしゃいませんか?
ここからそう遠くありません」
「お屋敷というと…煉獄家でしょうか?」
「はい、兄も喜びます。
兄は昼頃には帰ると話していましたから」
「御父上はお怒りにならないでしょうか?」
「きっと大丈夫です」

心配だけれど、私は杏寿郎さんの御父上に逢ってみたい。
私の父を看取ってくれた人だからだ。

「是非、お願いします」
「本当ですか?
こちらです!」

とても嬉しそうな笑顔を見せた千寿郎さんは、煉獄家へと案内する為に歩き出した。
私はその隣を歩きながら、千寿郎さんの話を聞いた。

「兄から恋仲の女性がいると聞いた時、びっくりしたんです。
そういった話を兄の口から聞いたことがなかったので」

杏寿郎さんは私が初恋だと話していた。
それはどうやら本当らしい。

「兄は昔から真面目で努力家で、父に認められようと鍛錬や稽古ばかりだったんです。
だから兄がちゃんと人を好きになってくれて、僕は嬉しいです」

千寿郎さんは純粋な笑顔を見せた。
心が温かくなった私は微笑んだ。

「千寿郎さんはお兄さん思いなんですね」
「そ、そうでしょうか」

千寿郎さんはまた頬を赤らめた。
私には兄弟がいないけれど、千寿郎さんのような弟を羨ましく思った。
それと同時に、今から煉獄家へ行くのだという緊張が徐々に増してきていた。





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