21-2

屋敷が立ち並ぶこの一帯で、最も大きな屋敷が煉獄家だった。
私の古い屋敷とは違った立派な門構えに、私は緊張で心音が狂いそうだった。
両手に持つ麻袋を落っことしそうだし、常中も何処かへ飛んで行ってしまいそうだ。

「どうぞ、お入りください」
「お邪魔致します」

広々とした屋敷の中には、確かに人の気配がある。
杏寿郎さんの御父上だと思うけれど、玄関には姿を現さなかった。
どうやら、門前払いをされるということはなさそうだ。
私は玄関で草履を脱ぎ、きちんと並べて置いた。
千寿郎さんは陽当たりのいい客間へと通してくれた。
真新しい畳の優しい匂いがする部屋だった。

「今朝、すいーとぽてとという西洋の菓子を作ったんです。
お茶と一緒にお持ちしますね」
「ありがとうございます。
こちらからは何もお渡しできる品がなくて…申し訳ありません」
「僕が急に誘ったんですから、お気遣いなく」

千寿郎さんは可愛らしい笑顔でそう言うと、野菜の沢山詰められた麻袋を持っていった。
私は初めての煉獄家だというのに、手ぶらという恐ろしい事態だ。
心を少しでも落ち着かせようと、手入れの行き届いた庭園に目を遣ってみる。
ここで杏寿郎さんは鍛錬を繰り返したのだろうか。
とても広いお屋敷だから、道場もありそうなものだけれど。
私は全集中の常中が切れないように、呼吸を整えた。

「那桜さん、失礼します」

千寿郎さんが盆を手に戻ってきた。
それに載せられているのは、急須と湯呑み、そして珍しい菓子だった。
これが西洋の菓子、すいーとぽてとというらしい。
黄色くて丸っこくて、つやつやしている。

「この前は蜜璃さんも喜んでくれたので…那桜さんのお口に合えばいいのですが」
「蜜璃さん?」
「ご存知ありませんでしたか。
蜜璃さんは兄の元継子です。
炎の呼吸から派生した独自の呼吸を使うようになったので、継子ではなくなりましたが」

杏寿郎さんに女性の元継子がいた。
それを知らなかった私は、一抹の不安が胸を掠めた。
杏寿郎さんの人柄からして、今まで女性から告白されたことなど多々あるだろう。
それなのに、何故私が初恋なのだろうか。

千寿郎さんと私は盆を間に置き、縁側に腰を下ろした。
急須から湯飲みにお茶を注いだ千寿郎さんは、すいーとぽてとと和菓子切の載せられた皿を私に差し出した。

「ど、どうぞ」
「ありがとうございます。
いただきますね」

私は和菓子切ですいーとぽてとを切り、口に運んだ。
もぐもぐする私を、千寿郎さんは緊張の面持ちで見つめていた。
私はその様子を見て、つい笑ってしまった。

「とても美味しいです」
「良かった…」
「千寿郎さんがお作りになられたんですね、お上手です」
「ありがとうございます」

薩摩芋の繊維が柔らかくて、上品な甘みのある菓子だ。
とても美味しい。
杏寿郎さんならわっしょいと言うだろう。

「兄がいつも那桜さんの手料理は絶品だと話しているので、緊張しました」
「杏寿郎さんがそんなことを?」

千寿郎さんもすいーとぽてとを口に運ぶ隣で、私は気恥ずかしくなった。
そういえば、聞いてみたいことがある。

「杏寿郎さんは普段からうまいと言いますか?」
「言いますよ、うまいとかわっしょいとか」

千寿郎さんと私は二人で笑い出した。
杏寿郎さんらしくて、つい笑ってしまったのだ。
私は杏寿郎さんが溌剌とした声でうまいと言うのがとても好きだ。

「今日は兄に稽古をつけてもらう約束なんです。
もうすぐ帰ってくると思います」
「千寿郎さんは鬼殺の剣士を目指しているのですか?」
「そうなんですが…なかなか上手くいかなくて」

千寿郎さんは残念そうに笑った。
私まで哀しくなるような笑みだった。

「どれだけ稽古をつけてもらっても…僕は上達しないんです」

この時初めて、私は自分自身が恵まれているのかもしれないと思った。
記憶の片隅にあるだけの月の呼吸は、何故か全身の細胞に染み付いたように使える。
常中すら習得していない中で、十二鬼月の一人を倒した。
そして、気付いたばかりの特異体質。

「僕は剣士に向いていないんだと思います。
本当は僕が兄の継子となるべきなのに」

その口調から、千寿郎さんが深く思い悩んでいるのが伝わってくる。
煉獄家は炎柱の雅号を代々受け継いできた一族だ。
父が元炎柱であり、兄が現炎柱である千寿郎さんは、己も強くなければならないと使命感に駆られているだろう。
煉獄家の者として恥じないように、次の炎柱として己を鍛え上げなければならないと思い悩んでいるだろう。
私は手を伸ばして、俯いている千寿郎さんの背中に触れた。
千寿郎さんは慌てて顔を上げて、私の顔を見た。

「杏寿郎さんはあなたに辛く哀しい思いをしてまで剣士になって欲しいとは思わない筈です」

知ったような口を叩くべきではないけれど、私は言葉を続けた。

「炎柱は杏寿郎さんがその重責を負い、日々責務を全うしておられます。
私も杏寿郎さんをお支えしますから、あなたはどうかご無理をなさらずに」

千寿郎さんの目から涙が溢れ出した。
それには私も驚いてしまった。
千寿郎さんは涙ながらに微笑んだ。

「すみません…那桜さんの言葉が嬉しくて…。
兄が話していた通り、那桜さんは心優しい方なんですね」
「私は鬼殺隊士を日輪刀で脅迫するような人間です」
「でも隊員の命を救ったんですよね」

そういえば、救ったこともあったかもしれない。
脅迫したことばかりが印象的で、つい忘れていた。
千寿郎さんは着物の袖で涙を拭った。

「もし兄が恋人を連れてくるなら、きっと素敵な女性だろうと思っていました。
本当にそうでしたね」
「えっと…お恥ずかしいです」

杏寿郎さんの弟である千寿郎さんにそう言ってもらえるのは嬉しい限りだ。
その時、不意に感じた気配があった。

「あ、杏寿郎さんです」
「え?」
「帰ってきます」

千寿郎さんは赤らんだ目を不思議そうに瞬かせた。
玄関の戸が開く音がすると、続けて快活な声が屋敷に響いた。

「ただいま戻った!!」

杏寿郎さんの声を聞くと、私の心は浮き立った。
今朝見送ったばかりなのに、また逢えるなんて思いもしなかった。

「那桜さんを見たら、きっと吃驚しますよ」

千寿郎さんは少し悪戯っぽく言った。
私は微笑みながら頷いた。



2022.5.9





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