14

レイブンクローの寮監であるフリットウィック先生と話し込んでいた私は、早足で廊下を進んでいた。
呪文学の教室で二人だけで話したのは、私が夜中に行う城内の巡回に関する報告だ。
特に異常はないか、授業後に私から報告したのだ。

「ルーナ、大丈夫かな…」

私が早足なのは、一番の友人であるルーナの事が心配だからだ。
また誰かからちょっかいをかけられていなければいいんだけど。
開心術を頻繁に使うのは勘弁だ。
廊下の突き当たりを曲がった時、私は足をピタリと止めた。

「…何これ?」

まだ続いている長い廊下には誰もいないのに、何故かガヤガヤと騒々しい。
声を発しているのは、壁に沢山並べられた絵画や肖像画だった。
それが今、全て上下逆さまにひっくり返っているではないか。
絵画内の景色や道具も同じようにひっくり返っていて、はちゃめちゃになってしまっている。
校則で廊下は魔法禁止だと知っているけど、私は躊躇いなく杖を振った。
絵画や肖像画の向きがゆっくりとリズム良く元に戻ったのを確認してから、杖をローブに収めた。
近くにあった絵画から、丁寧な声が聞こえた。

「感謝致します、麗しいお嬢様」

私に話しかけたのは、一人の修道女だった。
くしゃくしゃになってしまったベールを整え、頭から被り直している。

「シスター、一体何があったのですか?」
「実は――」
「あっれあれー?!
レイブンクローの聖女ちゃんだ!」

割り込むように聞こえた声に、私は覚えがあった。
機敏な動きで宙に現れたのは、半透明で小太りの小男だ。
鈴のついた帽子、オレンジ色で星柄の上着、つま先がくるんと曲がった靴。
悪名高いポルターガイスト、ピーブズだ。
スネイプ先生でさえ手を焼いていて、ホグワーツの厄介者らしい。
ホグワーツ創設当時から住み着いているだなんて噂もある。
性悪そうな大きな顔で、私にニヤリと笑ってみせた。

「今日も聖女ちゃんはお姫様気取りで廊下を歩いてるのかい?
可愛い可愛い綺麗綺麗ってちやほやされて、お鼻が高ーくなっちゃったのかなあ?」
「ピーブズ、あなたが絵をひっくり返したの?」

ピーブズと話すのは、これが初めてだ。
面と向かって話す機会が、こんなに早く訪れるとは。
スネイプ先生からピーブズとはあまり関わるなと忠告されている。

「廊下で魔法を使うなんて、いけない聖女ちゃんだなあ!」

いけないんだあー!と大声で歌い出したピーブズに、私は溜息が出た。
修道女や肖像画の主たちが、迷惑そうに耳を塞いでいる。
ついに奇声を発し始めたピーブズは、また再び肖像画をひっくり返そうとした。
私は慣れた手つきで颯爽と杖を抜いた。
伸ばした手が肖像画に届かなかったピーブズは、見えない何かに吊り下げられたかのように、上下逆さまにぶら下がった。
上半身で必死に暴れているけど、私が足首を魔法で拘束している。

「ひっくり返される気分は如何?」
「俺に何したんだ、このクソ野郎!
お前の何処が聖女なんだ!
このブス、マヌケ、ブス、マヌケ!」
「煩いなあ」

―――ラングロック!

私は無言呪文で杖を振った。
スネイプ先生から教わった舌縛りの呪いで、ピーブズの舌が喉にビタッと張り付いた。
息に詰まったピーブズは口に両手を当てたけど、私の呪文は破れない。

「今日からあなたが私に対して悪態をつこうとする度に、その呪いがあなたを襲うよ」

私が杖を下ろすと、ピーブズの舌が解放された。
依然として上下逆さまのピーブズは、肩で息をしながら虚勢を張った。

「お前みたいな入学ほやほやの生徒の呪いなんて怖くないぞ!
このブ――」

またブスだとかマヌケだとか言おうとしたのか、私の呪いが発動した。
ピーブズはジタバタと悶絶し、数秒間だけ舌を縛られた。
私はピーブズに近寄ると、その顔を睨むように見た。

「もうこんな悪戯は控えなさい」
「ぐう…。」
「それと、ごめんね」

ピーブズは私の台詞が意外だったのか、目をぱちぱちさせた。
今後も、ピーブズには昼夜問わず私の姿を見られる可能性がある。
少し強引だけど、今から口止めをしておきたかった。
もし、猫のアニメーガスだとバレた際には、ホグワーツ中に言いふらされる可能性だってある。
それ以前に、ピーブズにバレるような事態にならないように気をつけるけど。
私は杖を振り、ピーブズを上下逆さまから解放した。

「じゃあまたね、ピーブズ」

私が微笑むと、ピーブズの頬がほんのりと赤くなった。
最後にべーっと舌を出そうとしたピーブズは、口から出す途中で舌が縛られ、息に詰まりながら飛び去っていった。
私は不思議に思いながら、廊下の突き当たりに向かって言った。

「其処の双子、出ておいでよ」

すると、見慣れた双子がひょいっと顔を出した。
二人は嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。
フレッドが目を輝かせながら言った。

「アフロディーテ、すげー!
呪文学が得意だって噂で聞いてたけど、本当なんだな!」
「ありがとう。
いつから見てたの?」
「ピーブズが君にひっくり返される所からさ」

そう答えたジョージが、私の頭を撫でてくれた。
何だか擽ったい気持ちになるし、まるで猫の気分だ。
すると、近くにあった肖像画が私に言った。

「素晴らしかったよ、お嬢さん!」
「あっぱれあっぱれ!」

絵画や肖像画から沢山の拍手が聞こえてきた。
双子まで拍手を始めるから、私はちょっとだけ恥ずかしかった。
ジョージがにこにこしながら、私の目を見つめていた。
何かを見透かされているような気がした。



2019.8.15




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