温もり-3
拾ってあった薪を燃やし、一行は休憩に入った。
二人は手持ちポケモンを全員外へ出して朝食を与えたが、極度に氷に弱いボーマンダを小夜はすぐにボールに戻し、広げた寝袋にそれを包んでやった。
それを見たシルバーは、相変わらず小夜は優しいと心底思った。
優しくなければ惚れてはいなかっただろう。
『寒い。』
小夜は膝を抱えて身を縮ませた。
口から吐く白い息まで凍ってしまいそうだ。
体温の高いバクフーンが小夜に寄り添い、その小さな身体を腕に抱いた。
『ありがとう。』
私も入れてと言ったエーフィが小夜とバクフーンの間に入り込んで一緒に寄り添った。
『シルバーも如何?』
「断る。」
顔をほんのり染めながら拒否したシルバーは、寒さに耐えかねて自分の寝袋へ入り込んだ。
先程捕まえたばかりの雄のニューラは氷タイプの為に身体に支障は全くなく、氷点下である空間に対して寧ろ喜んでいた。
シルバーの手持ちであるアリゲイツ、ゴルバット、ニドリーノとは簡単に打ち解け、如何やら陽気な性格の持ち主のようだ。
『アリゲイツたち、私の寝袋を使っていいよ。』
「待て、風邪を引くぞ。」
『大丈夫。』
「最近まで寝込んでいたのは何処の誰だ。」
『此処にいる私です。』
「その通りだ。
お前は大人しく自分の寝袋へ入れ。」
『嫌よ、皆寒いでしょう。』
アリゲイツたちは言い合いをする二人に交互で何度も視線を送った。
主人とその想い人が争う中で、自分たちは一体如何すればいいのだろうかと頭を混乱させていた。
シルバーは寝袋から出ると、手持ちポケモンに言い放った。
「お前らはこれに入れ。」
『そしたらシルバーが寒いでしょう。
シルバーもこっちにおいでよ。』
「断る。」
『強がっちゃって。』
小夜は片方の掌をシルバーに向けると、それが青い光を纏う。
するとシルバーの身体が勝手に浮遊し、小夜の元へと移動した。
瞳を青く光らせずとも、軽い念力なら容易だ。
「くそ、念力か…!」
抵抗不可能な念力で、シルバーは無理矢理小夜の隣へと腰を下ろすのを余儀なくされる。
小夜の念力を見たニューラは目を丸くしていた。
“其処の美少女は人間じゃないの?”
恐る恐るそう尋ねるニューラに、小夜は微笑んだ。
『ちょっと特殊なだけ。』
弱々しく言う小夜の顔は血が通っていないかのように真っ青だった。
シルバーがその頬に手の甲で触れると、氷のように冷たかった。
「冷たいな。」
『私、変温動物なのかも。』
「馬鹿言うな。」
シルバーは思い切って小夜の身体に腕を回して強く抱き締めた。
こういう時にしか小夜に触れる権利は自分にはない、とシルバーは自分の中で言い訳をした。
身体が二人より大きいバクフーンは、二人とエーフィの身体を腕で抱えるようにして抱き締めた。
するとアリゲイツたちや寒さに強いニューラまでもがシルバーに駆け寄って身体をくっ付けた。
シルバーは自分に寄り添うポケモンたちに驚いた。
少なくともアリゲイツやニドリーノには酷い仕打ちをしてきた筈なのに。
最後にはモンスターボールからボーマンダが突如飛び出し、皆と身体を寄せた。
『ボーマンダ…!』
“俺だけ仲間外れだは嫌だ。”
そう言い張るボーマンダに小夜は目頭が熱くなり、凍える手で脚元にあるボーマンダの頭を撫でた。
首筋に当たるシルバーの息が温かい。
『押し競饅頭みたいね。』
クスクス笑う小夜がシルバーの顔をふと見つめる。
余りにも近いお互いの顔の距離に、シルバーの心臓は飛び跳ねた。
「……小夜。」
『シルバー?』
トクントクンとシルバーの心臓が速く鳴る。
シルバーは少し顔を傾け、小夜に顔を近付ける。
小夜はこの状況を知っている。
バショウとは少しタイプの違ったシルバーの顔が近付いてくる。
小夜がまずいと思ってシルバーの肩を押そうとしたその時、シルバーの腰に誰かががぶりと噛みついた。
「いってええええ!!」
シルバーの絶叫が洞窟に反響した。
アリゲイツが二人を見兼ねてシルバーに噛み付いたのだ。
きっと此処を住処とするデリバードなどの氷タイプのポケモンたちが、シルバーの声を耳にして何事かと不審に思っているだろう。
“御主人、小夜にはもう既にお相手がいるらしいんだから駄目だ!”
アリゲイツはそう言い張り、エーフィはそれにクスクス笑った。
『え、アリゲイツ、如何して知って…。』
“俺が話しちゃった。”
そう言って舌を出したボーマンダの頭を、小夜は苦笑しながらくしゃくしゃと撫でた。
「いてぇだろうが!」
シルバーは顔を真っ赤に染めながらもアリゲイツの首を腕でホールドした。
アリゲイツは苦しそうにじたばたと暴れる。
エーフィは小夜に言った。
“ギリギリだったね。”
『うん。』
小夜はシルバーの傍にいると胸のときめきは感じずとも、安心する自分がいる。
先程のシルバーの行動の意味を小夜は理解していた。
シルバーは私の事が好きなんだ。
小夜はシルバーの気持ちにやっと気付いた。
だがそれはシルバーには内緒にしておこうと決めた。
シルバーは少しばかり落ち着くと、アリゲイツの首を離してやった。
ポケモンを痛めつける感覚ではなく、じゃれ合うような感覚をこの時初めて覚えた。
膝を抱えて腕に顔を埋める小夜を、無言のままで再度抱き締め直す。
未だに心臓は煩く跳ねていた。
2013.2.11
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