天秤

毎晩、殺生丸さまは隣に座る事を許してくれた。
空を見上げながら、他愛のない話をした。
殺生丸さまは口数が少ないながらも、私の話に答えてくれた。
たとえ会話がなくても、隣にいるだけで構わなかった。
殺生丸さまの落ち着いた雰囲気が、私を心穏やかにしてくれた。
二人の時間を過ごした後は、私だけりんの隣に戻って眠っていた。

そして今日も、私は羽織を手に取った。
珍しくりんと邪見さまは並んで眠っていて、二人一緒に羽織を掛けた。
仲睦まじくて、私は自然と笑みが溢れた。
周囲を見回すと、一面黄色い花畑だ。
殺生丸さまがこういった開けた場所を選ぶのは、妖怪に襲われた際の戦闘の為だろう。
妖怪が隠れる場所も、必然的に減る。
殺生丸さまはやっぱり優しいお方だ。
長い首を持ち上げた阿吽が、撫でて欲しそうな目で見つめてきた。

『よしよし。』

頭を撫でると、阿吽は目を細めて心地良さそうにした。
私は二匹の顔を覗き込みながら訊ねた。

『あなたは私がいなくなったら、寂しく思ってくれる?』

阿吽は目を瞬かせ、頷いてくれた。
私は微笑むと、可愛らしい二匹の顎を同時に撫でた。

『おやすみ。』

阿吽が頭を地に置き、目を閉じた。
すやすやと眠り始めたのを確認してから、私は殺生丸さまを見つめた。
此処から少し距離がある場所に生えている木の根元に、ゆったりと腰を下ろしている。
初めて出逢った時も、殺生丸さまはああやって木の根元にいた。
私は殺生丸さまに歩み寄った。

『殺生丸さま、お隣――』
「座れ。」

台詞を遮られ、少しだけ驚いた。
お隣宜しいですか、を連日繰り返し過ぎただろうか。
私が殺生丸さまの左隣に座ろうとすると、左手首を取られた。

『…あの?』
「此方に座れ。」

腕がある右隣に腕を引かれ、私は素直に従った。
腰を下ろすまで腕を離されず、距離が自然と近くなる。
殺生丸さまの肩とふわふわに身体が触れて、温もりを感じる。

「明日、行くのか。」

阿吽との会話が聞こえていたらしい殺生丸さまは、真っ直ぐに前を向いたままだ。
私も殺生丸さまを見ずに、小さく頷いた。

『はい。』

もうすぐ、目的地である村に着く。
其処で流行している疫病の治療をするつもりだ。

『お邪魔して、申し訳ありませんでした。』
「邪魔などと言った覚えはない。」

殺生丸さまは優しいから、そう言ってくれるのだろう。
仮に嘘でも、嬉しかった。

『この十日間、とても充実していました。
誰かと一緒に旅をするなんて、初めてだったんです。』

りんは無垢で、太陽のように温かな子。
邪見さまも口煩いながら、私を気を遣ってくれた。
そして、殺生丸さま――

『殺生丸さまのお隣は、とても居心地が良かったです。
こうやって一緒に過ごしていると、心が安らぎます。』

もっと一緒にいたいと思える程に。
この出逢いには感謝している。
あの時、殺生丸さまに再会して良かった。
殺生丸さまは高貴なお方だから、私のような女が傍にいてはいけないと思う。
殺生丸さまにはもっと相応しい女性がいる。
そう考えると、胸が軋むように痛んだ。

――胸が、痛い?

私は殺生丸さまと見つめ合った。
これ以上隣にいると、名残惜しくなりそうだ。
私が立ち上がろうとすると、引き留められた。
今度は手首ではなく、手を取られた。

「りんに泣きつかれたのだろう。」
『……。』

―――嫌だよ、寂しい。

りんの泣き顔を思い出すと、胸が閉塞感に襲われる。
目を伏せると、殺生丸さまが言った。

「人里を巡るのはお前の責務ではない。
使命感に駆られる必要はない。」

殺生丸さまは的確だった。
責務、使命感。
人間に借りがある事や、疫病を絶つ通力を備えている事が、私を突き動かしている。

『引き留めてくださるんですか?』

殺生丸さまは私の手を握ったまま、何も答えなかった。
沈黙は肯定と解釈しても構わないだろうか。

「お前の隣は居心地が良い。」

私は目を見開いた。
殺生丸さまが私と同じように思っていた。
胸が高鳴ると同時に、心苦しくなった。

殺生丸さまたち、人里への使命感。
その二つを天秤にかけ、私は混乱しそうになった。
殺生丸さまの傍を離れるのがつらい。
固く目を瞑ると、手を握る力を込めてくれた。
その夜は殺生丸さまと手を繋いだまま、深い眠りに誘われた。



2018.3.26




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