名前

目を離した隙に、三人が妖怪に襲われた。
しかし、蒼の巫女は強かった。
刀の太刀筋を見れば、戦闘慣れしているのが窺えた。
それ以来、邪見は女が隣を歩いても口煩く言わなくなった。
命を救われたからだ。

『お隣、宜しいですか?』
「構わん。」

木の根元で深夜の細い月を見上げていると、女が左隣に腰を下ろした。
その距離は昨日よりも少しばかり近い気がする。
何故か、この女の隣は居心地が悪くない。
妖怪は基本的に巫女を目の敵にするが、その強い霊力さえ鬱陶しいと思わない。

『留守番させるのは良くないかと思いますが。』
「共に来ても危険な場合もある。」
『なるほど。』

比較的に危険な地に踏み込む場合、一人で行く事がある。
それに、一人になりたい時もある。
邪見とりんは何かと騒々しい。
その一方で、この女は落ち着きがある。
こうして隣にいても、煩わしくはない。

『私がいる間は、守りますから。』

何時まで共に来るのだろうか。
もう少しだけりんの傍にいたいと話していたが、それはどの程度なのだろうか。
その疑問を口には出さなかった。
答えを聞きたくはないと思う自分がいるのは、一体何故だろうか。

『殺生丸さまは奈落という妖怪を追っているのですね。』

邪見は私が留守の間、様々な話をこの女に聞かせていたらしい。
犬夜叉の鉄砕牙を欲している事も、その犬夜叉に左腕を斬られた事も。
奈落に犬夜叉を殺すように仕向けられた事も。

『どうかお気を付けて。』
「ふっ、私を誰だと思っている?」
『殺生丸さまです。』

私が目を細めると、女は肩を竦めてみせた。
蒼の巫女と呼ばれるこの女は、整った容姿をしている。
美しい蒼色の瞳に、月の光が幻想的に映っている。

「花怜。」
『!』

この女――花怜は驚いたらしく、目を瞬かせた。
その次には柔らかく微笑んだ。

『名前…覚えていてくださったんですね。』
「呼ばなかっただけだ。」
『嬉しいです。』

何が嬉しいのか、私には理解出来なかった。
それでも、この微笑みは悪くない。

『それで、何か?』
「何でもない。」

花怜から視線を外し、空を見上げた。
細い三日月が普段より美しく見えた。



2018.2.23




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