雪女のお酌

雅は芸術コンビと不死コンビと共に、あの小国の宿を訪れた。
既に太陽は沈み、満月が空に浮かんでいる。
この宿には二階と三階に客室が二部屋ずつあるが、その四部屋全てを貸して貰った。
雅はその対価として瓶の酒を宿主に渡し、角都はきちんと金を支払った。

「こんな風に角都さんにお酌をするのはお久し振りですね」
「そうだな」

雅は能力で冷やした徳利を持ち、角都のお猪口に酒を丁寧に注いだ。
既に夕飯と入浴を終えているが、角都は二度目の酒を嗜んでいる。
此処は月が見える二階の一室だ。
満月が明るいからと言って、雅が部屋の電気を消している。
月光が心を癒してくれるし、角都にとって雅も癒しになる。
雅の氷遁の能力は酌をする際にも便利で、酒の一部を凍らせて氷にしたり、お猪口やグラスごと冷やしたり出来る。
冷酒が好きな角都にとって、持ってこいの能力だった。
角都は独特の口元でお猪口の酒を一気に飲んだ。

「お前は昔から俺の顔を怖がらない女だったな」
「そうでしたか?」

露天風呂上がりの角都は、顔全体を覆っていた頭巾と口布を全て取っ払っている。
肩まである黒髪や、黒い触手で縫われている口が露わになっている。
忍服ではなく浴衣姿というのもあり、普段とは別人のようだ。
雅と角都は飛段を含めて共闘した過去がある。
暁に暗殺の依頼が舞い込んだ際、その暗殺対象が雅のターゲットだったのだ。
角都の縫い目の多い身体や触手を見ても、雅は怯えたり怖がったりは一切しなかった。
こうやって酌をする時も、穏やかに微笑んでいる。

「角都さんと出逢ってから二年が経つんですね」
「早かったか?」
「そんな気もします」

角都と同じく浴衣姿の雅は、もう一度酌をした。
ちなみに、酔い潰れた飛段は廊下を挟んで向こう側の部屋で爆睡している。
デイダラとサソリは三階の部屋を借りている。
サソリは一人で部屋を陣取り、傀儡の新しい武器の仕込みに夢中だ。
雅はデイダラと相部屋だが、デイダラにきちんと断ってから、この部屋を訪れた。

「しかし…お前がデイダラとは」
「ふふ、まだ言うんですか?」
「あいつらは風呂場で揉めていたぞ」

雅を諦めないと主張する飛段と、絶対に渡さないと言うデイダラ。
折角の広い露天風呂だというのに、喧しい二人のせいで台無しだった。

「飛段さんは私に本気なんでしょうか?」
「知っていただろう。
冗談に聞こえるのも無理はないが」

好きだ、付き合ってくれ。
何度も飛段から伝えられた台詞だが、いつもあのハイテンションだ。
どうしても冗談に聞こえてしまう。

「デイダラにも同じ事を言いましたが、飛段さんは女性に不自由していないように見えますが」
「飛段は女遊びが酷い奴だ。
娼婦を喰い、あのオカルト教団に誘い、断られては殺すのを繰り返していた」

雅は眉を潜めた。
飛段が無差別殺人を繰り返していたとは聞いていたが、こうして改めて聞くと惨いものだ。

「二年前にお前と出逢ってから少し変わった。
遊廓街を訪ねる頻度が減ったし、誰これ構わず人間を殺す頻度も減った」
「そうですか…」
「しかしデイダラと違って、未だに娼婦を喰い殺しているがな」

角都はお猪口から酒を一気飲みした。
今夜は酒がよく進む。

「奴は自分の性欲が宇宙だと言っていた」
「飛段さんらしいですね」

雅は角都からお猪口を差し出されたが、徳利を手に取らなかった。

「注げ」
「もう空っぽです」

不満げな目をする角都は、雅にお猪口をやんわりと取り上げられた。

「飲み過ぎですよ。
少し酔っていますね?」
「酔ってなどいない」
「普段の角都さんは、たとえ人の話でも性欲が宇宙だなんて口にしませんよ」
「お前の口から性欲などという下劣な言葉を聞きたくはないな」

雅は小さく笑った。
酒にとことん強い酒豪の角都が、今夜は少しばかり酔っている。
雅とデイダラの交際宣言からダメージを受けたのだ。

「デイダラには気を付けろ。
奴はまだ若いし、そういう年頃だ」
「大丈夫ですよ、大事にされています」

角都は正直、雅が心配だった。
デイダラは二年以上も女と関係を持っていないと主張していたが、以前は飛段と同じく遊廓街に通っていた身だ。
人並み以上の性欲はあるだろう。
暁という犯罪組織に所属し、各国の汚れ仕事といった危険な任務を続ける身だからこそ、余計に三大欲求を満たしたいと思っているだろう。
ずっと女を抱いていないからこそ、恋人である雅に対して欲情する筈だ。
しかも雅は驚く程の別嬪で魅力が多く、余計にデイダラは唆られるだろう。

「何かあったらまた半殺しにしてやれ」
「もうそんな事にはなりませんから、安心してください」

雅は徳利とお猪口を盆に載せた。
それを持って立ち上がり、角都に微笑んだ。

「今夜はもうお休みになってくださいね」
「ああ、そうする」

今から雅がデイダラの待つ部屋に向かうのだと思うと、角都は複雑な心境になった。

「お前もすぐに寝ろ、すぐにだ」
「はい」

雅は面白おかしそうに笑ってから、角都に頭を下げた。

「おやすみなさい」
「ああ」

角都は部屋を出ていく雅を見送った後、敷き布団に横になった。
背中に四つの面があるせいで、仰向けになるのは少し難しい。
しかしまさか、雅があのデイダラとは。
心配が尽きない。
角都は浅く溜息をついた。

飛段が性欲性欲と連呼しているが、性欲とはどのような感覚の欲だっただろうか。
一世紀近くも生き続けている角都は、それを忘れていた。
寧ろ、忘れている方が面倒臭くなくて好都合だ。
今後も思い出す必要性を感じない。
信じられるのは金だけ、と豪語しているのだから。



2018.6.10




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