強がりな雪女

地下にある露天風呂でデイダラの全身を洗うという大試練を終えた雅は、女湯からふらりと出てきた。
真っ白な浴衣の上に青色の羽織を纏っている。
覚束ない足取りで薄暗い廊下を通り、細い階段を上がり、一階へと出た。
逆上せた雅は廊下の壁に左肩を軽くぶつけ、そのままへろへろとしゃがみ込んだ。
受付兼玄関の玉すだれの奥にいる老婆に声をかける前に、こんな場所でもいいから少し休憩したかった。

「うう…」

固く目を瞑り、深々と項垂れた。
デイダラと肌を重ねてから露天風呂で汗を流したが、その際にも雅が両腕のないデイダラを洗った。
情事の際もそうだったが、雅には色々とハードルが高かった。
思い出すだけで顔が熱くなり、ありとあらゆる何かが爆発しそうだ。
しゃがみ込んでいた雅は人影を感じ、項垂れたまま言った。

「婆様…私にはやっぱりハードルが高――」
「誰が婆様だ」
「……え?」

落ち着きのある低い声は、雅を安心させるものだった。
雅がゆっくりと顔を上げると、目の前には片膝をついている角都がいた。
その背後には、心配そうに雅の顔を伺っている飛段もいる。
雅はぽつりと言った。

「私は幻術にでもかかってしまったのでしょうか…」

此処に角都と飛段がいる筈はない。
雅の表情は何処か恍惚としていて、その頬は風呂上がりで赤みがある。
本当に幻術にかかっているような雅の顔に、角都は眉を潜めた。
こんな雅の顔は見た事がない。

「雅、しっかりしろ」
「うう…」

雅は小さく唸った。
床についていない角都の片膝が目の前にあり、何故かそこに額をぐりぐりと擦り付けた。
雅の謎の行動に、角都の背後にいた飛段が冷や汗をかいた。
自分も雅に近寄って背中を摩りたいところだが、角都から触手パンチを喰らう気がして実行に移せない。

「オイオイ雅ちゃん、元気ねーな?
どうかしたのか?」

角都は雅の行動に対して呆気に取られていたが、雅の擦りっぷりを見ていられず、その両肩に手を置いてから膝を引っ込めた。
雅が残念そうな目を向けてきたが、その額は少し赤くなっている。
角都がそこに熱を測るように片手で触れると、雅にしては熱かった。

「角都さんも飛段さんも…ご無事だったんですね」

安堵した雅は微笑んだ。
その台詞には、昨日亡くなったばかりのサソリへの思いが込められていた。
額に当てられていた手で頭を撫でられると、雅の胸が切なくなった。
すると、二階に続く階段からデイダラが降りてきた。

「角都の旦那と飛段じゃねーか。
なんでここに……雅、どうしたんだ?」

左目にスコープのないデイダラは、不死コンビの姿に驚いた。
老婆に氷水を貰ってから部屋へ戻ると言っていた雅があまりに遅く、デイダラは迎えに来たのだ。
すると、雅と角都が廊下に向かい合ってしゃがんでいて、雅が角都によしよしと頭を撫でられているではないか。
飛段は腰に手を当てながら、皮肉を込めた口調で言った。

「デイダラちゃんが角都に腕をくっ付けて貰いに来るだろーと思ってな。
こっちから来てやったぜ。
感謝しやがれ。」

デイダラは小さく舌打ちをした。
こちらの方が暁では先輩だというのに、デイダラちゃんなどと呼ばれたくはない。
挑発的な飛段の横を通り過ぎ、雅の隣にしゃがんだ。

「雅、大丈夫か?」
「氷水を…」
「分かった、婆さんに頼んでくる」

デイダラが立ち上がった時、玉すだれが揺れた。
老婆がガラスコップに入った氷水を盆に載せて現れたのだ。
受付の奥で話を聞いていた老婆は、しわがれた声や曲がった腰からは信じられない程に、颯爽と氷水の準備をしたのだ。
流石はビンゴブックに載る忍だ、とデイダラは感心した。

「悪りーな、婆さん」
「構いませんよ」

老婆は雅と角都の元へと盆を運んだ。
雅は情けない声色で言った。

「婆様、ありがとうございます…」

氷水を飲んだ雅は生き返る心地がした。
デイダラは眉を潜めながら反省した声で雅に言った。

「無理させちまったな…うん」
「了承したのは私ですから」

雅は頬を赤らめながら微笑んだ。
ドキッとしたデイダラは雅を抱き締めたくなったが、今は両腕がない。
すると、老婆が角都と飛段に言った。

「旦那様方、どうぞお上がりください。
お食事をお持ちします」




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