小国の宿

あの芸術的な微笑みが忘れられない。
冷酷無慈悲な印象がこびりついていた筈の雪女雅が、あんなに愛らしく笑うのだ。

オイラは、ギャップ萌えしている。

「くそ、オイラはどうしたってんだ…!」
「煩いぞ、デイダラ。
あの女に逢えるからって浮き立つな」

デイダラは鳥型粘土の後ろに乗るサソリの前で、頭を抱えたくなった。
今夜は雅が待機しているという小国で宿を取る事になった。
ペインからそう伝えられた途端に、デイダラの様子があからさまに可笑しくなった。
一ヶ月程前に雅と再会して以来、デイダラは変だ。

真夜中の上弦の月に見守られながら、山奥の上空を進むと、高い壁に囲われた小国が見えた。
巨大な門の前に降り立つと、デイダラがずっと逢いたかった女が其処にいた。
そして、優しい声が耳に入ってきた。

「お久し振りです」
「久し振りだな、うん」

雅は地に降り立ったデイダラとサソリに頭を下げた。
黒衣を身に纏っているが、フードは被っていない。
この門には門番の一人もおらず、警戒心の薄い国だった。
雅を見て心が浮き立つデイダラは、見事に平静を装った。
暗闇で見え辛い雅の芸術的な顔を、早く明るい場所で拝みたい。

「ご案内します」

三人は開いていた門の横にある小さな扉から国に入り、方向感覚を失わせるような森の中を移動した。
雅が先導し、デイダラとサソリがそれに続く。
サソリがヒルコを引きずる音がしたが、デイダラはそれを煩わしく思う余裕がなかった。
雅の背中を見つめながら、訳の分からない感情に困惑していた。
人の気配のない田舎道を縫うように進んでいると、三階建ての古い建物が一軒、ぽつりと建っているのが見えた。
何処にも宿≠ニの表示がなく、外観から宿とは分からない。
周囲は見渡す限り畑だらけで、沢山の野菜が育っている。
雅は宿の玄関の引き戸をガラガラと音を立てて開けた。
受付らしき狭い玄関には、一人の中年男性がいた。
随分と酒焼けした顔の男で、白のタンクトップをだらしなく着ている。

「おおう、雅じゃねーか」

雅は微笑み、愉快に笑う男に頭を下げた。
サソリの代わりに引き戸を閉めたデイダラは、雅が受付の男と話しているのを興味深そうに見た。

「三名でお願いします」
「いつもの対価は?」
「勿論、こちらに」

雅は黒衣の下から一升瓶を一本取り出した。
ラベルには大きく酒≠ニ書いてある。
男は怪しげに笑うと、そのアルミの蓋をクナイで軽々と開けた。

「二階はババアが畳の張り替え中でな。
最上階の三階を使いな」
「感謝します」

男は酒をがぶがぶと喉に通したかと思うと、その場に豪快にひっくり返った。
まさか毒殺したのかと疑ったデイダラだが、一方の雅は苦笑するだけだ。

「アルコールの度数が高いので、倒れたのでしょう。
いつもの事なので、お気になさらず」
「いつもの事なのか…うん」

受付の奥にある玉すだれが揺れたかと思うと、背を丸く曲げている老婆が姿を現した。
寝る準備をしていたのか、その格好は浴衣だ。
背丈が低いせいか、帯がやたらと大きく見える。
相当な高齢らしく、顔が皺だらけの老婆だった。
床でひっくり返りながらいびきをかく男が、つい先程ババアと呼んでいたのは、この老婆だ。

「いらっしゃい、雅」
「婆様、お邪魔します」
「お客様もどうぞこちらへ」

老婆はひっくり返る男に目もくれず、階段へと向かい始めた。
その階段の幅はヒルコより狭く、サソリはヒルコから出て本体を現さなければならなかった。
それを見た雅と老婆は少しばかり驚いたが、表には出さなかった。
よれよれと不安定に階段を登る老婆を先頭に、三人は階段を登り始めた。
雅の真後ろにいたデイダラは雅に疑問をぶつけた。

「何で歓迎されてんだ?」

デイダラの問いに答えたのは、老婆のしわがれた声だった。

「二年前、雅はこの小国を殺戮によって統括していた大名を殺したのです。
それからというもの、この国は平和そのもの。
私も息子も雅には感謝しておるんですよ」

息子というのは、きっと先程の受付の男だろう。
雅は当時を思い出し、静かに苦笑した。
反乱を起こした国民の首を斬り落とそうとしていた大名の首を、雅が斬り落としてやったのだ。
大勢の観衆の前で。
大名の血飛沫に観衆が悲鳴を上げるかと思えば、聞こえたのは歓喜の声だった。
あの瞬間を、老婆は昨日の事のように覚えている。

「雅があの大名を斬殺して以降、この国には恐ろしい暗殺者がいるという噂が他国に回ったのです。
この国に門番がいないのは、この国に忍や人口が足りないのも理由の一つですが、何より雅の存在があるからなんですよ」

雅の噂が他国からの奇襲を退けている。
デイダラとサソリは老婆の話を静かに聞いていた。
一行が最上階である三階まで上がると、廊下を挟んでドアが二つあった。
サソリはデイダラにニヤリと笑った。

「俺は傀儡のメンテナンスをする。
二人でそちらに泊まれ」
「うん…?!何言ってんだ旦那…!」

デイダラは瞬く間に赤面した。
雅と二人で相部屋など、考えるだけで頭が爆発しそうだ。
サソリは確信犯だった。
老婆はサソリにルームキーを手渡しながら言った。

「お洗濯物がありましたら、受付までお持ち頂くか、風呂場にある洗濯かごにお入れくだされ」

サソリはデイダラに皮肉の視線を残し、さっさと部屋に入ってしまった。
動揺するデイダラに、雅がなんの躊躇もなく言った。

「私たちも行きましょうか」
「ちょ…ちょっと待て、うん!」

雅は老婆からルームキーを受け取りながら、小首を傾げた。
何故、デイダラは動揺しているのだろうか。

「いいのかよ、オイラと相部屋だぞ…?!」
「私はあなたに殺されたりしませんから」
「そういう問題じゃねーよ!」

雅は無垢に微笑むと、ルームキーを使ってドアから部屋に入った。
デイダラはついに頭を抱えた。
これはつまり、雅に男として見られていない。
全くもって興味なしという訳か。
すると、背後から老婆の囁きが聞こえた。

「髷の若造よ…雅はそう簡単にはいかんぞ」
「な…!?」

デイダラが赤面しているのを見て楽しんだ老婆は、階段をゆっくりと降りていった。
唖然としながらその背中を見送ったデイダラだが、深呼吸してから部屋に入った。



2018.4.7




page 1/1

[ backtop ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -