生きる意味

デイダラは木々の合間を駆け抜け、雅の姿を追った筈だった。
しかし、その姿を見失ってしまった。
草木が鬱蒼と茂る中、デイダラは立ち止まって周囲を見渡した。

「どうしたのですか?」

デイダラが勢いよく振り返ると、木の太い枝に雅が立っていた。
まだフードを被っていないその顔がはっきりと見える。
その肌は雪のように白いが、不健康な色には見えないのが不思議だった。

「今すぐにでも殺したいのですか?」
「オイラはこの二年間、お前を殺したくて仕方なかった」

雅は動じる事なく冷静だった。
デイダラの事は鮮明に覚えている。
小国でとある人間を探していた時、偶然横切った忍。
あの黒装束と赤雲模様を見た瞬間、暁という組織の者だと瞬間的に気付いた。
何故か殺そうとしてきた為、反撃に出た。

「あの時、オイラを治療した理由は何だ?」

雅はデイダラを見下ろしながら、風に揺れる髪を耳にかけた。
あの忍はどうやら話をしたいらしい。
先程とは違って、殺意を感じない。

「殺すつもりはなかったからです」
「とどめを刺された方がマシだったぜ」
「私が殺すのは、私の一族を陥れた人間だけだと決めています」

一族の恨みを持つ雅は、霧隠れの里の上層部や各地の大名を次々と暗殺している。
雅は自分の暗殺対象者をターゲット≠ニ呼んでいる。

「女に情けをかけられたオイラの身にもなれってんだよ、うん」

雅が目を見開き、次には眉尻を下げた。
その表情の変化に、デイダラは驚かされた。

「ごめんなさい、そのようなつもりはなくて…」

躊躇なく謝罪され、デイダラは眉を潜めた。
雅には悪意などなく、寧ろ善意のつもりで治療したのだ。
デイダラのプライドを傷付けるつもりなどなかったのだ。
デイダラは複雑な心境を整理する為に、一旦話を変えた。

「暁に加担する理由は何だ?」
「本当に何も聞かされていないんですね」
「……」
「あ…ごめんなさい」

デイダラの顔が顰められたのを見た雅は、二度目の謝罪を口にした。
視線の高さに差があるのを気にして地表に降り、デイダラの前に立った。
互いに手を伸ばせば指先が触れ合う程の距離だ。

「あなたと交戦した後、角都さんと飛段さんの二人が私に交渉を持ちかけました」
「交渉?」

雅は説明を始めた。
七年前に人身売買から逃れて里抜けした雅は、各地を転々としながら密かに生き延びた。
恨みを晴らす為に暗殺を始めたのは二年前だ。
暗殺するターゲットがビンゴブックに載る賞金首である事はしばしばあった。
それを雅も自覚していたが、金儲けの為に暗殺していた訳ではない。
これまでに百人以上殺してきたが、換金所へ行ったのは本当に金銭が必要になった時だけだ。
しかし二年前の当時、賞金首が次々と消えるのを良く思わない忍がいた。

「それが角都の旦那だったって訳か」
「その通りです」

デイダラが半殺しにされたという情報を受け、角都と飛段は雅を殺そうとはせずに、交渉を持ちかけた。
ターゲットの情報収集に協力する代わりに、雅が殺す賞金首の身体を求めたのだ。

「角都さんにはお金が入りますし、私はターゲットを殺せる。
お互いに有益な内容だったので、承諾しました」

つい先程、角都が渡した紙切れに書かれていたのは、雅のターゲットに関する情報だ。
雅が渡した巻物に封印されているのは、氷遁によって冷凍された賞金首の身体だ。

「お前は暁の資金調達に一役買ってるって訳か」
「そういう事になりますね」
「なら、オイラがお前を殺せば角都の旦那は都合が悪いんだな」

デイダラは粘土袋に片手を入れた。
それを見ても、雅は顔色一つ変えない。
角都の都合など、デイダラには無関係だ。
しかし、デイダラは掌の口で粘土を喰いながらも、雅への殺意が失せてゆくのを感じていた。
自分が恨み続けていたのは、表情筋が一切仕事をしていないとさえ思わせる無表情な雪女。
半殺しにしたデイダラを侮辱するかのように治療し、プライドを完膚なきまでにズタズタにした忍。
しかし、雅と話をしてみると、目の前にいる女をそれと同一人物とは思い難かった。

「少しだけ待っていただけませんか?」
「何をだ?」
「もう少しで全てのターゲットを始末出来ます」

百人以上を殺してきたが、それももう十数人で終わる。
そうなれば、雅の目的は消える。

「その時は煮るなり焼くなり爆破するなり、どうにでもしてください。
それまで待っていただきたいのです」
「大人しく殺されるって言うのか?」

もう殺す気が失せた、などと今頃言い出すのは難しい。
デイダラは粘土袋から出した手の中で粘土を転がしていたが、どのような造形にするのかを迷っていた。
まるで、今のデイダラの心のように。

「目的が消えれば、生きる意味がなくなります。
私は沢山の人を殺めてきました。
まだ誰にも話していませんが…目的を達成すれば独りで自害するつもりでした」

デイダラが自分を恨んでいるのなら、それを受け入れよう。
死ぬ助けをしてくれると思えばいい。

「でも、私はまだ死ねません」

雅はデイダラと向き合ったまま地を蹴り、距離を取った。
殺意の失せた目で見つめてくるデイダラを見つめ返し、こう言い残した。

「一族を陥れた人間を全員始末するまでは」



2018.4.7




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