力強い腕の中

サソリが単独で借りている部屋を出た後、雅は老婆の片付けを手伝った。
食器を洗い、棚に片付け、キッチンを掃除した。
全てを片付け終えた時、宴会もどきが解散してから一時間以上が経過していた。
そして今、雅は二階の部屋のドアを前に立ち尽くしていた。
その手には盆があり、米焼酎の一升瓶と透明なグラスが載っている。
老婆が渡してくれた一式だが、まさかこんなに沢山の量を貰うとは。
もう既に深夜の三時を回っている。

「やっぱりやめよう、うん」

デイダラの口癖を真似た雅は、一階に引き返そうとした。
次の瞬間、ドアが大きく開き、腕をがっしり掴まれた。
上手く盆のバランスを取った雅は苦笑した。

「角都さん」
「入れ」

腕を引かれ、雅は大人しく部屋に入った。
電気のついていない部屋を、半月の明かりが仄かに照らしている。
敷き布団には飛段が横になって眠っていたが、掛け布団を頭まで掛けられている。
寝息や寝言が煩いからだ。
雅は窓際のテーブルに盆を置き、角都の隣に腰を下ろした。

「雅」

角都は雅の顔を見つめた。
二年前よりも大人びたその顔は、他のどんな女よりも格別に別嬪だ。
月明かりさえも雅を引き立てる装飾に見える。

「それで?」

角都は雅に手を伸ばした。
その目元を親指でなぞれば、雅がふと目を細めた。

「何があった?」
「……」
「デイダラに泣かされただけではないだろう」

全て打ち明けてしまいたい。
雅はそう思った。
角都なら誰にも話さないだろうし、きっと受け入れてくれる。
イタチも角都にだけ話した事を理解してくれるかもしれない。
雅が思い悩んでいると、目元に触れられていた手を後頭部に回され、グッと引き寄せられた。
角都の肩口にぽすっと額を当てると、その温かさに涙が滲みそうになった。
少しの沈黙の後、雅はゆっくりと口を開いた。

「昨日は二度泣きました」

角都は雅を片手で引き寄せたまま、雅の小さな声に耳を傾けた。

「二度目は…デイダラがくれた言葉が嬉しくて」
「何を言われたかは聞かないでおいてやろう。」
「ふふ、教えませんよ?」

飛段のむにゃむにゃという声が聞こえると、雅は顔を緩ませた。
デイダラの言葉は雅を支えている。

「デイダラの言葉には私を動かす力があるんです。
死のうと思っていた私が生きようと思えた程ですから」
「死のうと思っていた…だと?
そんな話は聞いていないぞ」
「…角都さんにはずっと話せませんでした」

角都に話せば、引き留められると思ったからだ。
自害するという決意を、二年前からずっと角都と飛段には揺さぶられてきた。

「誰にも気付かれないまま、一人で死のうと思っていました」

角都は目を細めると、空いていた腕を雅の背中に回し、力強く引き寄せた。
角都の広い胸板に顔が深く埋まった雅はもぞもぞと動き、顔を横に向けて酸素を吸い込んだ。

「痛いです、角都さん」

柔らかく微笑んだ雅は、角都をゆっくりと抱き締め返した。
とても力強い腕と痛い程の抱擁に安堵する。
五つの心臓がゆっくりと鼓動を立てている。

「お前が大切だと言った筈だ」
「言われていませんよ?」
「口に出してはいないが、そう伝えただろう」
「分かっています」

角都は雅の頭をくしゃくしゃと撫でた。
雅がクスクスと笑っているのを見ると、少し安心する。

「お前が話したくなれば話せばいい」

今日は何に泣かされたのか、それも無理に話さなくても構わない。
笑っていた雅が、途端に大人しくなった。
角都は雅の頭を丁寧に撫でながら、くしゃくしゃにしてしまった髪を整えた。
雅は角都の背中に回した手で、角都の浴衣を弱々しく握った。

「…角都さん…私、弱くて…」

雅は話せなかった。
イタチの事は誰にも話してはいけない。

「力不足で…」

デイダラがくれる幸福感と、イタチの命が長くないという哀しみ。
その二つが同時に押し寄せた日だった。
雅は涙を必死で堪えるが、身体の震えは我慢出来なかった。

「幸せなのに苦しくて…訳が分かりません」
「泣きたいのなら、泣いても構わん」

目頭が熱くなった雅は、角都に抱き着く腕に力を込めた。

「だがデイダラが幸せだと思わせてくれる時は、素直に幸福だと思え。
幸福を哀しみで潰すな」

そうでなければ、デイダラが哀しむ。
角都は雅の華奢な背中をそっと撫でた。

「泣き止んだら酌をしろ」
「…はい」

雅は声を押し殺しながら泣いた。
角都が抱き締めてくれる腕には、大人の包容力がある。
それが余計に雅の涙を溢れさせた。



2018.8.28




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