妹の恋人
俺の兄貴と妹は俗に言う天才≠セ。
天才の間に挟まれている俺は、常に劣等感の塊だった。
同性の兄貴を勝手にライバル視し、自分から見えない壁を作っていた。
世界ランキング1位を守り続ける妹は、まるで別世界にいるようだった。
本当に血が繋がっているのかと思ってしまう程に。
『すー…。』
愛は俺を格ゲーで完膚なきまでにボコりまくった挙句、リビングのソファーで寝てしまった。
兄の俺が言うのも何だけど、美人だ。
中学1年生にして既に出来上がっている妹に、ブランケットをそっとかけた。
「寝ちゃった?」
ダイニングテーブルから兄貴の穏やかな声がした。
俺は愛の無邪気な寝顔を見つめていたけど、顔を上げた。
立ち上がった兄貴が愛に近寄り、何故かスマホで愛の寝顔の写真を撮った。
しかも、シャッター音なし。
「おい、兄貴…。」
「手塚、送ったよ。」
兄貴はダイニングテーブルの椅子に腰を下ろしている手塚さんに言った。
手塚さんは眉を寄せ、私服のポケットからスマホを出した。
無表情だけど、愛が言うには頻繁に笑うらしい。
多分、恋人の愛だから分かる変化なんだろうな。
俺は手塚さんの向かい側の席に腰を下ろした。
今、リビングにいるのは手塚さんと愛、そして兄貴と俺だ。
「手塚さん、何時も愛がお世話になってます。」
「いいや、構わない。」
今朝もミクスドの練習に付き合ってくれたらしいし、友人との話し合いを不安に思う愛を送ってくれた。
「W杯の時にも愛が手塚さんに迷惑をかけたみたいで…。」
「…聞いたのか。」
「はい、本人から。」
愛の頭を撫でていた兄貴が俺たちに視線を送った。
兄貴も愛と手塚さんを物凄く心配していた一人だ。
「あいつ手塚さんに何も説明しないまま手塚さんと離れるとか言い出したり…。
メニエール病にもなったし…。」
一昨年のW杯で事件があった。
一歩間違えれば、愛は死んでいた。
それが原因で愛はW杯に強く執着する。
メニエール病になっても、W杯までに復帰すると意気込んでいた。
愛自身も言っていたけど、愛は手塚さんを振り回し過ぎている。
「それでも手塚さんは愛と付き合ってくれるんですね。」
「俺の意思だ。」
愛の奴、本当に良い人見つけたんだな。
俺には彼女がいた経験はないけど、恋愛が羨ましくなる。
「これからも愛を宜しくお願いします。」
「ああ。」
「手塚さんみたいな兄貴が出来たら頼もしいなー。」
「随分と気が早いな。」
俺は兄貴に似ていると言われる笑みを浮かべた。
こんな風に妹の彼氏と話すなんて、数年前は考えた事もなかった。
しかも、相手は日本テニス界の男子中学生トップ、手塚国光さんだ。
愛も手塚さんも、テニスでは俺の手の届かない場所にいる。
それでも、愛が別世界にいるような感覚はなくなった。
朝まで一緒にゲームして寝落ちたり、今日みたいに愛の悩みを聞いたり。
妹の愛という存在が近くなった。
愛を避け続けていた俺が兄貴面をしていいのか分からないけど、手塚さんには愛の傍にいて欲しい。
俺や兄貴たちと一緒に、愛を守って欲しい。
愛の幸せの鍵は手塚さんが握っている気がするから。
2017.10.8
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