タコは魚介類

越前から頼み事をされて以降、初めての土曜日。
俺と愛は駅前にある喫茶店のオープンテラス席にいた。
四人掛けの丸テーブルを愛と隣同士で囲い、参考書とノートを開いている。
愛は得意の字を書きながら言った。

『あたしたち、ミクスド出来るかな?』

「自信はある。」

『何それ。』

クスクスと笑った愛はカップから紅茶ラテを飲んだ。
愛が開いている参考書はミックスダブルスに関する本だ。
昨日、越前は愛以外と市民テニス大会に出場する条件を出した。

―――条件がある。

―――アンタが練習相手になってくれる?

愛はそれを承諾した。
もし、愛が越前のミックスダブルスの練習相手になるとすれば、愛にもパートナーが必要だ。
其処で、俺が自ら名乗り出た。
俺と愛は今日初めてペアを組み、ミックスダブルスをする。
すると、愛に指で腕を突かれた。

『考え事?』

「…ああ、すまん。」

『ふふ。』

再び字を書き始めた愛の横顔が凛としている。
普段から愛の左隣に座る俺は、その左手首にあるピンクゴールドの腕時計を見た。
それにそっと触れると、愛が俺の顔を見た。

『如何したの?』

「毎日つけているんだな。

よく似合っている。」

『国光もね。』

俺も毎日欠かさずつけている。
左利きだが、腕時計は基本的に左手首につける。
長時間に渡って文字を書く時だけ右に変える時もある。
愛の手を重ねるように握ると、愛が頬を赤く染めた。
交際10ヶ月を過ぎたが、愛は未だに初々しい反応を見せる。

『もう…ちゃんと考えてる?』

「ああ。」

俺たちは今、サインプレーの考察中だ。
コートの前衛が後衛に出すサインだ。
ダブルスでメジャーなサインを参考に、かなりの数を考案した。
先日、愛は乾に相談し、俺たちがコート内でどのように動けばいいかをアドバイスして貰った。
乾は俺たちのプレイスタイルを知っているし、ダブルスの熟練者だ。
愛と二人で手を握り合っていると、愛が悪戯っぽく言った。

『いちゃいちゃしたいの?』

思わぬ台詞に目を見開いた。
冗談で言ったようだが、此方としては煽られた気分になる。
楽しそうに笑う愛の手を離すと、その頬を両手で挟んで寄せた。

『むぅ…タコになっちゃう。』

「間抜けだな。」

「アンタたち何してんの?」

声のした方を向くと、既にテニスウェアを着た越前がいた。
越前は呆れた様子でポケットに手を突っ込んでいる。
愛は俺の手首を掴み、頬から無理矢理剥がした。

『越前君が来たんだからやめてよ!

あたしを海鮮類にするつもりね!』

「タコは魚介類だ。」

『似たようなものでしょ、笑わないでよ!』

「え、今部長笑ったの?」

越前はテーブルの空いている椅子に座り、ラケットバッグを下ろした。
俺を未だに部長≠ニ呼ぶが、テニス部を引退した今は元部長≠ェ正解だ。
越前は呆れたように言った。

「まあ、仲良さそうで安心したよ。」

『あ…うん、ありがとう。』

あのバレンタインデー以来、俺も愛も越前とは話す機会がなかった。
しかし、越前の頼み事がきっかけでこのように逢う事になるとは。

「バレンタインの事、部長に全部話したんでしょ?」

『…ごめん。』

「別にいいよ。

アンタが言わなかったら俺から話すつもりだったし。」

愛と俺は黙ったまま視線を合わせた。
俺は前々から越前が愛に好意を持っているだろうと勘付いていた。
越前はあのバレンタインデーに関して何も話さないまま、テーブルの上に広げられたノートを見た。

「ところで、それ何?」

『秘密。』

愛は素早くノートを閉じ、越前に微笑んだ。
これから練習試合だというのに、サインを知られては元も子もない。
すると、愛の友人の声がした。

「皆さん、お待たせしました…!」

『あ、桜乃ちゃん、おはよう。』

全員が揃った所で、目的地へ出発だ。
愛が楽しそうな笑顔を浮かべているのを見ると、俺の気持ちが和んだ。



2017.8.30




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