思い出の上書き

愛の言う1年トリオは、俺の顔を見る度に緊張している様子だった。
厳格な部長で有名な俺は、あの三人に限らず後輩から常に緊張気味に接されていた。
あの三人はそれに拍車が掛かり、堀尾に限っては俺を見かける度に直立不動となる。
水野が愛に連絡したり話し掛けたりする事もなく、俺は全国大会や俺の怪我の療養を終えるに至っている。

―――堀尾が泣かせた。

コート脇にあるボードの横で休憩中の俺は、部内対抗戦の予定表を手に、一人で考えを巡らせた。
予定表にはあの越前の名前がない。
全国大会の後に、アメリカへ旅立ったからだ。
越前は愛とゲームセンターに行ったり、水野と話しているのを制したりしたらしい。
更に、アメリカへ旅立つ事を事前に愛に話したのだという。
俺がいない間に随分と仲が良くなったようだ。
今では愛の病名を知る数少ない人間の一人となっている。
不快な感情が胸の中に渦巻き、頭を冷やそうと思った。
一人で部室に向かい、専用のロッカーからフェイスタオルを取り出した。
偶然にも誰もいない水道場へ向かい、顔を洗った。

……愛が不足している。

九州での二度目の療養以降、愛と手を繋ぐ以上に触れ合う機会がない。
寧ろ、愛の入院当時のように病室という空間で触れ合える環境が特殊だった。
もっと、愛に触れたい。
この腕の中に閉じ込めてしまいたい。
自分の欲に戸惑ってしまう。
俺は如何かしてしまったのだろうか。
深く息を吐きながら、フェイスタオルから顔を上げた時。

『わ!』

「っ…?!」

何時の間にか顔を覗き込んでいた愛に驚かされ、俺は目を見開いた。
一歩後退りすると、愛が眉尻を下げた。

『ご、ごめん、そんなにびっくりされるとは思わなくて…。』

「すまん……考え事をしていた。」

愛は小首を傾げ、微笑んだ。
女子テニス部のレギュラージャージを着ている愛は、最近はトス出しや指導を担当している。
勿論、試合はドクターストップだ。

『テニスコートから国光がチラッと見えたから、ついてきてみた。』

俺を見つけてついてくるとは、可愛らしい行動をするものだ。
高めのポニーテールをしている愛の頭をそっと撫でた。

「体調は?」

『三日連続で目眩がないの。』

「そうか、良かった。」

頭を撫でていた手を下ろそうとしたが、そのまま愛の頬に滑らせた。
愛は初々しい反応を見せ、頬を赤く染めた。
俺は不安なのかもしれない。

―――国光は一人で何でも出来る人だから。

一度目の療養で愛と一時的に遠距離になったが、その間に愛は俺から離れようと考えていた。
その現実に対し、未だに恐怖を覚える。
愛に触れる事で安心したい自分がいる。

『如何したの?』

「?」

『国光、変。』

愛は俺の無表情の僅かな変化を読み取る洞察力がある。
人が来るのを警戒し、愛は俺の手を頬から離した。

「お前は俺に触れられるのは嫌か?」

『へ?』

愛は目を数回瞬かせ、その次には顔を赤くした。

『そんな訳ないよ、国光なんだから。』

その台詞が俺を安心させる。
フェイスタオルを肩に掛けた俺は愛の手を取り、歩き出した。

『如何したの?

何処に行くの?』

「人がいない場所だ。」





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