重なる偶然

早朝のランニングを終え、シャワーを浴びてから制服に着替えて身なりを整えた。
厳格な祖父と共にリビングに顔を出すと、母が朝食の準備をしていた。
普段通りの光景だ。
俺がダイニングテーブルの椅子に腰を下ろすと、何故か祖父がテニス雑誌を持ってきた。
見た所、今月に発売された物ではない。

「昨日、不覚にも道で人に自転車にぶつかられたんじゃがな。」

「あら、大丈夫だったんですか?」

「問題ない。」

緑茶を運んできた母がそう尋ねたが、祖父に怪我がある様子はない。
本当に大丈夫なのかと俺が尋ねようとしたが、祖父はテニス雑誌のページを捲りながら言った。

「その時に落とした物を拾ってくれた親切な娘がいた。」

祖父がこのような時間にテニス雑誌を持ってくるのは珍しい。
俺は静かに祖父の話に耳を傾けた。

「非常に顔の整った娘じゃった。」

顔が整っている、といえば恋人である愛を思い出す。
今日は初めて昼休みを一緒に過ごす約束をした。
人が寄り付かないのだという校舎裏で待ち合わせだ。
今から浮き立ちそうになる気持ちを抑え、湯呑みから熱い緑茶を啜った。

「何処かで見た事があると思ったら、この娘だったんじゃ!」

「…?!」

柄にもなくむせそうになったのは、愛に感化されたのが原因だろうか。
祖父がテーブルに広げたページには、顔よりも大きな優勝杯を笑顔で持つ見慣れた姿があった。
女子ジュニアチャンピオン不二愛、ジュニアワールドツアーファイナル三連覇の快挙

「如何かしたのか、国光。」

其処に写っている人物と交際している。
そう言うべきか否か、俺は愛の写真を見ながら考えた。
写真になっても愛は変わらず美人だ。
キッチンから母に凝視されている気がする。
祖父は腕を組みながら言った。

「嫁に来るならこのような娘がいいのう。」

祖父の一言で決意した。
穏やかに微笑む母は何かを察しているのか、俺の向かいの椅子に腰を下ろした。
二人から視線を送られながら、俺は改まって言った。

「実は……不二愛と交際しています。」

「冗談はやめんか。」

祖父は腕を組んだ。
このような娘と交際しろと言われたが為に、そう言ったように思われたようだ。
普通はそう思うだろう。
偶然が重なり過ぎている。

「冗談ではありません。」

証拠ならある。
制服のポケットからスマートフォンを取り出し、一枚の画像を探した。
スマートフォンをテーブルの上に置き、身を乗り出す二人に見せた。
先日、俺の誕生日に出掛けた時の写真だ。
観覧車の前で俺の腕に手を掛けている人物は、紛れもなく雑誌に載っている不二愛と同一人物だった。

「むむ…!」

「まあ。」

祖父は目を見張り、母は片頬に手を当てた。
俺がスマートフォンを早々に片付けると、母は何処か嬉しそうに言った。

「国光は最近楽しそうに笑っている事が多いし、柄にもなくテレビでお笑いを観たりするし…。

きっとその子は明るい子なのね。」

母の言う事に間違いはない。
お笑い番組を観るようになったのは、愛が元にするネタを知りたいからだ。
祖父は硬直していたが、椅子に腰を下ろし直した。
母が俺に尋ねた。

「どれくらい付き合っているの?」

「半年です。」

4月から始まり、現在は10月。
あっという間のようで、長かった気もする。
祖父は再び腕を組んだ。
交際を否定する様子はない。

「そうか、あの国光が…。

お前は年下派だったのか。」

年下派というより、愛派だ。
愛なら同い年でも年上でも構わない。
年下ではない愛など想像がつかないが。





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