笑顔について
10月に入ったばかりの月曜日。
あたしは今、とある問題に直面している。
今日、あたしは大学病院の定期健診に行く為に学校を早退だ。
お昼休みにぶらぶらと正門へ向かっていると、一人だけ水道場にいる人物を発見した。
おお、ピンときた。
早速近寄り、気さくに話しかけた。
『こんにちは、乾先輩。』
「おや、不二愛さんじゃないか。」
水道水で不思議な野菜を沢山洗っていたのは、乾貞治先輩だ。
この先輩に国光と抱き合っているのを見られたのは、約半年前の話だ。
全国大会で国光に突っかかるあたしの動画を録画したのも、この先輩だ。
四角い眼鏡の奥が常に謎であるこの先輩に、あたしは早速言った。
『お尋ねしたい事があるんです。』
「手塚の誕生日について質問される確率、90%…。」
『え。』
あたしが目を見開くと、乾先輩は水道水を止めた。
肩にかけていたハンドタオルで手を拭き、何処からともなく取り出したデータノートを構えた。
「悩んでいるんじゃないのか?」
『はい、そうなんです。』
あたしは情けなく笑った。
今週の土曜日が国光の誕生日だと知ったのは、お兄ちゃんから聞いたからだ。
でも、あたしの空っぽの脳味噌では何をプレゼントしていいのかちっとも思い付かない。
困っていた時に、このデータマンを発見した。
「近寄り難いこの俺に躊躇いなく話しかけるとは、君は肝が座っている。
流石は手塚の彼女と言ったところか。」
『?』
乾先輩は何かを書き連ねている。
少なくとも、近寄り難いとは思っていない。
「手塚の欲しい物を知りたいんだろう。」
『そうなんです、何かアドバイスはありませんか?』
「手塚が欲しい物をピンポイントで知っている。」
それは朗報だ。
やっぱり乾先輩に聞いたのは正解だった。
「だが、交換条件だ。
手塚についてデータを貰おう。
簡単な質問に答えてくれ。」
国光のデータ?
無神経でプライベートな質問が来るんじゃないかと身構えてしまった。
「手塚は君の前で笑うのだろうか?」
『え。』
意外な質問だった。
国光が笑うかって?
呆気に取られたあたしの答えは一つだ。
『はい。』
「どれくらいの頻度で?」
『何時も笑ってくれます。』
「な、何という事だ…。」
乾先輩は冷や汗を掻きながら、ペンを猛烈に動かしている。
その様子にあたしは首を傾げた。
『国光は無表情で笑います。』
「無表情で笑う…?」
『無表情にも種類があるんですよ。
かと言って、何時も無表情という訳でもないです。』
乾先輩は数秒間ぽかんとすると、再びペンを動かし始めた。
そんなに衝撃的だろうか。
「素晴らしいデータが取れた。」
『?』
特別な事を言ったつもりは全くないけど、乾先輩が満足してくれたのならよかった。
朋ちゃんみたいに「ちゅーとかするの?」と聞かれるよりも断然いい。
仮に聞かれたとしても、答えるつもりはないけど。
「約束通り、手塚が欲しがっている物を教えよう。」
2017.5.30
←|→