勉強会なんて無理

あたしの家に帰宅すると、お姉ちゃんが玄関で出迎えてくれた。
お化粧がバッチリなのは、あたしが事前に国光が来るのを伝えてあったからだ。

「おかえり、愛。

いらっしゃい、手塚君。」

「お邪魔します。」

国光はあたしの家族とすっかり顔馴染みになった。
特にお姉ちゃんは国光がお気に入りみたいだ。
照れ臭いけど、嬉しい。
あたしは玄関でローファーを脱ぎ、気怠げに言った。

『喉乾いたー。』

「先に手洗いうがいよ!」

『はーい。』

手洗いうがいはお姉ちゃんの口癖だ。
国光と一緒にきちんと洗面所へ向かった後、あたしの部屋に入った。
既に折り畳みのテーブルと座布団は準備済みだ。

「今日は何を勉強するんだ?」

『暗号。』

「つまりは数学か。」

数字の羅列は暗号にしか見えない。
バッグから教材やノートを取り出し、勉強する準備を始めた。
利き腕がぶつからないように、何時もあたしが国光の右側に座る。

「愛、何だこれは。」

『ん、それ?』

国光は壁に寄せられた紙袋に入っている大量のCDを見ていた。
横ニ列に上手く積んである。

『駅前のCDショップで借りたの。

50枚全部クラシック。』

音楽に無知なあたしは華代の為に楽曲を覚える勉強をしている。
点滴の最中、ゲームや勉強のBGMにクラシックを聴いている。
気になった楽曲はパソコンを介してスマホに取り込んである。

『あ、これ聴いて?』

あたしはスマホのイヤホンジャックにイヤホンプラグを差し、片方のイヤホンを国光に渡した。
国光に寄り添いながら、スマホの音楽アプリを操作した。
そして、あたしは左耳、国光は右耳で聴き始めた。
画面に表示されている英語の楽曲名は――

Fantasy For Violin And Orchestra

最後まで聴き終わった時、二人でイヤホンを外した。
肩が触れ合ったまま、国光はあたしの目を見た。
距離が近くて、昨日の部活を抜け出した時間を思い出す。

「バイオリンと管弦楽のためのファンタジアか。」

『知ってた?』

「曲名は知っていたが、最初から最後まで聴いたのはこれが初めてだ。

良い曲だな。」

国光が言ったのはその楽曲の日本語名だ。
ベートーベンが好きな国光はあたしよりも断然クラシックに詳しい。
この曲はバイオリンの繊細な旋律が心を癒してくれる。
哀愁を感じさせる中にある力強い音色は、まるで――

『華代みたいだから、弾いて貰おうと思って。』

この曲は既に華代に渡す為のCDにダビングしてある。

「上手い選曲をしたな。」

『でしょ?』

間近で視線を合わせていると、顔が熱くて心臓が煩い。
テーブルの教材に向き合おうと思い、国光から離れた。
すると、肩に手を回されて引き戻され、今にも唇が触れ合いそうな距離で顔を覗き込まれた。

『な、何でしょうか…?』

「…嫌か?」

あたしが首を横に振ってから微笑み、目を閉じた時。
ノック音とほぼ同時にドアが開いた。

「二人共、入るよー。」

あたしはスライディングのようにテーブルに突っ伏し、国光は参考書の適当なページを硬すぎる無表情で開いた。
お姉ちゃんはお盆の上に麦茶の入ったグラスを載せて運んできた。
あたしたちの動揺に気付いていない筈のお姉ちゃんは、テーブルにグラスを置いてくれた。

「愛、相変わらず何してるの?

はい手塚君、麦茶。」

「ありがとうございます。」

『あはは…お姉ちゃん、ありがとう。』

お邪魔虫は退散するわねーと言うと、お姉ちゃんは手を振りながら部屋を後にした。
二人で肩の力を抜き、あたしは苦笑した。

『危なかったね…。

お姉ちゃんに見られたらからかわれ――っ…!』

左手首を掴まれ、頬に手を添えられた瞬間に唇を塞がれた。
頭をグッと引き寄せられ、少し強引なキスに戸惑ってしまう。
口を割って入ってきた舌に肩が震えたけど、怖くはなかった。

『ん…っ。』

横座りをしていた身体のバランスを取る為に、手探りで国光の左肩に手を置いた。
でも、その左肩は病み上がりだ。
反射的に手を退けると、国光が唇を離した。

「もう治った。」

『治ったばっかりでしょ。』

国光の左肩に体重をかけないように、掴まれていない右手をテーブルに置いて突っ張っている。
その手首を簡単に取られ、両手首を掴まれたあたしはあっという間に抱き寄せられた。
目を見開いた途端に、端整な顔が近付いてきた。
触れるだけのキスをされると、あたしは呟くように言った。

『もっと…キスしたい。』

国光は目を見開き、次には細めた。
お互いに吸い寄せられるように唇を重ねた。
身体を密着させながら濃厚なキスを繰り返した。
何故だろう、不思議とキスの息が合う。
キスに相性の良さを感じるのは変だろうか。
頭の芯まで溶けてしまいそうになるキスが気持ち良くて、夢中になって求めていた。

結局、その日は勉強なんて手につかなかった。
キスしたり抱き合ったりを繰り返し、ずっと触れ合っていた。



2017.5.30




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