もし仮に

嘗ての主人に逢った、とシルバーから話を聴いた時。
彼の手持ちポケモンだったハガネールとネンドールの二匹は、自分たちも彼に逢いたかったと思った。
だが、もし仮に本当に逢ったとしたら。
通訳のない自分たちは彼に何を如何伝えただろうか。
貴方は小夜を愛し、一人の青年に小夜を託して二年後に亡くなる。
もし仮に人間の言葉を話せたとしても、それを伝えられただろうか。
無理だ、絶対に。
彼に全てを話したシルバーの苦痛は、想像出来る範囲だけでも心苦しいものだった。

“シルバーは過去に飛んだが、未来は変わっていないようだな。”

庭の地下空間に戻ったハガネールとネンドールは、岩壁に囲われた涼しい空間で話していた。
ハガネールの台詞に、ネンドールは疑い深く尋ねた。

“本当に三年前、シルバーに逢っていないのか?”

“逢っていない。”

“本当か?”

ハガネールは無表情のネンドールを軽く睨んだ。
疑われる意味が理解出来ない。

“嘘を言う必要性を感じない。”

嘘を吐いて何になるというのだろうか。
それに嘘を吐けば、心の気配に敏感な小夜に何かと気付かれてしまうだろう。
ネンドールは質問を変えた。

“未来に変わって欲しかったか?”

それはつまり、彼が死ぬというこの現実に変わって欲しかったかと尋ねているのだ。
ハガネールは躊躇なく答えた。

“未来は変わらない。”

元主人だった彼が亡くなったのは辛かった。
生きていて欲しかったと思うのは当然だ。
それでも変わらないものがある。

“もしバショウが三年前にシルバーに逢っていようとなかろうと、その意志は変わらなかっただろう。

だから未来も変わらない。”

シルバーから死ぬなと言われても、彼は小夜を解放する為に己を犠牲にしただろう。
自分が決めた道を真っ直ぐに貫き通し、シルバーに小夜を託して散華しただろう。
それが小夜を愛したバショウという人間だ。
ハガネールは説得するかのように言った。

“私たちは彼が選んだ道を尊重し、理解出来る筈だ。

彼のポケモンだったのだから。”

ハガネールはハガネールなりに、彼がいないというこの現実を受け入れていた。
彼が願ったのは小夜の幸せだ。
当時は様々な葛藤があったものの、今はそれを乗り越え、小夜が幸せになれるようにと見守っていられる。
シルバーの事も深く信頼している。
ネンドールは感心した。

“しっかりと考えているんだな、馬鹿ネールなりに。”

特に深く考えずに馬鹿ネール≠ニ言った。
だがそれはハガネールの癪に障ったらしい。
その噛み砕く攻撃をすいっと回避したネンドールは、怒り心頭のハガネールに軽く手を振り、逃げるようにテレポートした。
噛み砕く攻撃は悪タイプの技で、エスパータイプのネンドールには恐ろしい技だ。
あの巨体の頑丈な顎に噛み砕かれた日には、小夜の癒しの波導のお世話になる事間違いなしだ。
ネンドールがテレポートした先は、ベランダの芝生の上だった。
小夜に彼からの手紙を初めて届けた場所だ。

“あれ、ネンドール如何かした?”

小夜のポケモンたちがその場にいた。
オーキド博士やケンジを含め、シルバーとポケナビで話し合いをしたのは此処だ。
エーフィたちは部屋に戻らず、此処で考え事をしていたのだ。
テレポートしてきたネンドールに話し掛けたのは、炎タイプのバクフーンだ。

“ふざけて馬鹿ネールと言ったら噛み砕かれそうになって、逃げてきた。”

“ハガネールは怒ると物凄く怖いよね。”

その時、庭先から岩を砕くような音がした。
砂埃が立ち込め、その振動に驚いた野生のポッポが沢山飛び立った。
遠い目をしながら考え事をしていたボーマンダが威嚇体勢を取った時、木々の間からハガネールが突進してきた。
まるでメガオニゴーリのような形相だ。
エーフィ、ボーマンダ、そしてスイクンの三匹は何事かと思った。
ネンドールは身体が完全に硬直したが、バクフーンがその前に立ち塞がった。

“ハガネールストーップ!!”

ハガネールはこの激怒とは何の関係もないバクフーンに立ち塞がれ、急ブレーキをかけた。
立ち込める粉塵に顔をぶるぶる振ったバクフーンは、心配そうに尋ねた。

“落ち着いて、大丈夫?”

“……すまない。”

バクフーンはハガネールの鋼の巨体を撫でた。
ハガネールは反省したらしく、ぜーぜーと言いながら自分を落ち着かせた。
ネンドールは反省しているのか分からない声色で言った。

“ハガネール、悪かったからそう怒るな。”

“……。”

ハガネールの額に青筋が立ちそうだ。
だがこの場にはエーフィを始めとした手練れもいる事だし、仮にハガネールが暴走したとしても鎮められる。
バクフーンは兎に角話題を変えようと思った。
そして思い付いた話題は、意外にも真剣な内容だった。

“ネンドールは後十日もしたらシルバーの処に行くんだね。”

“そうだ。”

“俺もシルバーたちに逢いたいな。”

親友のオーダイルと離ればなれになってしまったバクフーンは、基本的には修行している時間が多い。
オーダイルと共同作業だった四階の掃除は一人でこなしている。
広い研究所て家事をするケンジの手伝いをしたりもする。
字を書く練習は程々に、最も多くの時間を割く修行では、エーフィにこてんぱんにされる。
そんな日々は充実しているように思われがちだが、シルバーやそのポケモンたちがいない。
寂しくて、心細い。

“当日は本当に寝てしまうつもりなの?”

“本当だ。”

バクフーンは心配そうな表情をした。
ネンドールは話し合いでこう言っていた。


―――当日はシルバーから睡眠薬を貰って眠ってしまおうと思う。

―――小夜の元へテレポートしないように。


ネンドールは予知夢当日に自分がテレポートで二人を引き逢わせてしまうのが怖かった。
モンスターボールの中で前日の夜から眠ってしまうつもりだ。
一方の小夜もそうするつもりだと話していた。
安全なオーキド研究所内で深く眠ってしまえば、シルバーの元へ向かわずに済む。
睡眠薬は嘗て亡き彼がシルバーに渡した物だ。
ミュウツーとの戦闘で大怪我をした小夜が大人しくしていないようなら、飲ませるようにと渡したのだ。

“予知夢が現実味を帯びてきて…怖い。”

ネンドールが遠い目をしながらそう言った。
小さく頷いたバクフーンは、深く俯いた。





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