最終日

ウツギ研究所でシルバーが借りている部屋は生活感が出たが、整理整頓されていた。
シルバーは散らかすのが好きではない。
就寝前、窓のノック音で本から視線を上げた。
テーブルに本を置いて椅子から腰を上げ、窓を開けた。

「お疲れ。」

中に入ってきたのはクロバットだ。
ズバットだった当時はシルバーの顔程度の大きさしかなかったが、現在は翼を広げるとシルバーの身長を超える。
シルバーはテーブルの上に止まったクロバットの頭をくしゃりと撫でた。
ポケモンたちも見回りに行ったクロバットを労った。

「何かあったか?」

クロバットは首を横に振った。

「そうか、なら明日は予定通りに此処を出る事にするか…。」

今日、ウツギ博士に依頼されていた薬の調合全てが終了した。
この研究所に来てから二週間、あっという間だった。

「外で小夜と話してくる。」

“遅くならないでね。”

オーダイルは持ち歩いているリングノートに台詞通りの文を書いた。
シルバーは頷くと、部屋を出た。
外階段の扉を開け、下に降りながら左手首のポケナビで小夜を呼び出した。

《シルバー!》

ポケナビから小夜の声が聴こえた。
もしもしの第一声はなく、小夜は何時も嬉しそうにシルバーの名前を呼ぶ。
シルバーの顔が綻んだ。

「よぉ、小夜。」

《お疲れ様。》

二人は毎日電話している。
オーキド研究所に待機している小夜は、日々大人しくしている。
外出したいやらシルバーに逢いたいやらと、駄々を捏ねたりしない。

「明日、此処を出る。」

《そっか。》

クロバットに毎日見回りをさせたが、特に気掛かりなものは何もなかった。

《ネンドールは予定通り貸せばいい?》

「ああ、頼む。」

次はタンバシティに移動する。
其処は海が見える島のような街で、他の街とは海を隔てて距離がある。
洞窟があっても森林とは程遠い。
息抜きがてら、広大な海を眺めるのも悪くない。
ネンドールを借り、其処までテレポートする予定だ。

《シルバー。》

「如何した?」

シルバーは星が瞬く空を見上げた。
田舎町のワカバタウンは灯りが少なく、星が見え易い。

《私、欲求不満。》

「………は?!」

小夜の素っ頓狂な台詞で、シルバーは慌てて周囲を確認した。
誰もいない。

「何言ってやがる…!」

《ご、ごめん。》

「其処に誰かいたりしないだろうな…!?」

《いないよ、私一人だけ。》

もし万が一、オーキド博士に聴かれてしまったら。
今後一切顔向け出来なくなりそうだ。
だが小夜には優秀な気配感知がある。
小夜が一人だと言うのなら、問題ないだろう。

《もう二週間もご無沙汰。》

「まだ後二週間あるんだぜ?」

《長いよ…。》

シルバーは前髪を無造作に掻き揚げながら、空を仰いだ。
逢いたいと口にすれば、寂しさが加速してしまいそうな気がする。
シルバーはこの研究所にいると、時間が過ぎるのを早く感じていた。
何かと忙しいし、治療薬の調合には神経を使う。
それでも、ふとした時に小夜を思い出す。

《ふふ、ごめん、冗談。》

「きつい冗談だな。」

小夜には冗談だと言う余裕があった。
だがそれも予知夢の当日が近付くにつれて、徐々になくなっていくだろう。

《シルバー、お願いがあるの。》

「何だ?」

《ネンドールを預かって欲しい。》

シルバーは目を細めた。
ネンドールを預かる?

《私はポケモンを操れる。

何かあった時、ネンドールを操ってシルバーの処にテレポートしてしまいそうなの。》

ダイゴにお香を焚かれた時、小夜の心は悲痛な叫びを上げた。
シルバーに逢いたい、と。

「…分かった。」

《ありがとう、ネンドールにはもう話してあるから。》

「何時から預かればいい?」

《じゃあ、予知夢当日の三日前から。》

ネンドールは庭のポケモンたちの食器運びを担当している。
いなくなると、ケンジの仕事量が増えて大変だ。

《まだ先になるけど、お願いね。》

「ああ。」





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