接触-2
夕食が終わり、シルバーはウツギ研究所の玄関前にいた。
日が沈み、ワカバタウンには数少ない家々の光が灯っている。
昼よりも気温が低いとはいえ、真夏の夜は蒸し暑い。
シルバーは普段からキーストーンの存在を目立たせない為に長袖を着ているが、現在は黒い無地のTシャツを着ていた。
ウツギ研究所内の電灯の光を頼りに、手に持っていたオボンの実をクロバットに差し出した。
主人の手から器用にそれを食べるクロバットは、口をもぐもぐさせた。
「今日も頼む。」
“了解!”
クロバットは暗闇の中に飛び込み、姿が見えなくなった。
それを見送ったシルバーは研究所へと戻った。
ウツギ研究所を訪れて以降、毎晩クロバットにこの付近をパトロールさせている。
今の処は何の異常も見当たらないが、油断は禁物だ。
「シルバーさん!」
「?」
廊下を先導して歩いてきたのはマリナで、その腕には元気になったアリゲイツが抱かれている。
その背後にはウツギ博士がいる。
二人共、笑顔だ。
「アリゲイツが元気になったのはシルバーさんのお陰です!
ありがとうございました!」
マリナは深々とすばしっこくお辞儀をした。
口角を上げたシルバーは返事の代わりに頷いた。
アリゲイツは抗生物質の錠剤を抵抗せずに飲んだし、隔離されていた部屋でも大人しくしていた。
それが早期の完治に繋がった。
マリナはウツギ研究所に預けていたアリゲイツを迎えに来たばかりだった。
「あれ、それはもしかして…。」
マリナの視線がシルバーの手首に集中していた。
シルバーはなるべく自然にキーストーンを身体の陰に隠した。
「最新型のポケナビ!」
注目されていたのは右腕のキーストーンではなく、左腕のポケナビだった。
シルバーは気が抜けた。
「あたしも旧式ですけど、ポケナビ持ってるんです!
これも何かの縁だと思うので、是非連絡先を――」
「おやおや、ケンタ君が怒るよ?」
ウツギ博士の口からケンタという名前を聴いたマリナは、一気に赤面した。
髪色が青いせいで余計に赤く見える。
ケンタはマリナの同い年の幼馴染みで、同時にワカバタウンを旅立った仲だ。
お互いを密かに想い合っているが、気持ちは通じ合っていない状態だ。
シルバーが困惑しているのを察したウツギ博士は、マリナを説得するかのように言った。
「シルバー君にはとっても綺麗な恋人がいるんだよ。」
「あ、そうなんですね…。
でもあたし、貴方のファンなんです!」
ファンなどと言われたのは初めてで、シルバーは反応に困った。
しゅんとしたかと思えば目を輝かせたマリナに、ウツギ博士はからかうような口調で言った。
「君はワタルさんやミナキさんのようなマントの男性が好きなんじゃなかったかな?」
ミナキ
その名前に動揺しそうになったシルバーは平静を装った。
ミナキはスイクンを追い掛け回している人物だ。
小夜をスイクンが化けているのだと勘繰ったり、シルバーから小夜を奪おうとバトルをしたり。
騒々しかった記憶しかないのだ。
そのミナキに、マリナは逢った事があるらしい。
「ああそっか、君はケンタ君が好きだったね。」
「ち、違いますよ博士!」
あからさまに否定したマリナは図星を突かれていた。
シルバーは自分が小夜に片思いしていた時期を思い出し、懐かしくなった。
「兎に角シルバーさん、本当にアリゲイツがお世話になりました!」
「当然の事をしただけだ。」
シルバーはポケットに手を突っ込み、さり気なくキーストーンを隠し続けている。
にこにこと笑顔を向けてくるアリゲイツを見ていると、アリゲイツだったオーダイルを思い出す。
「マリナちゃん、そろそろ家に帰らないとね。」
「はい!」
ウツギ博士は玄関の扉を開け、マリナを通した。
マリナは再び二人に頭を下げた。
「お世話になりました!」
「それじゃあね。」
走っていくマリナとアリゲイツに手を振るウツギ博士の隣で、シルバーは静かに見送った。
二人で研究所の中に戻ると、ウツギ博士が口を開いた。
「マリナちゃんは昔、ケンタ君とジュンイチ君と一緒にロケット団と闘った事があるんだ。」
「!」
ウツギ博士はシルバーがロケット団代表取締役の息子だと知っている。
目を見開くシルバーに説明を始めた。
「あ、ケンタ君とジュンイチ君っていうのはマリナちゃんの幼馴染みでね、三人一緒にワカバタウンから旅に出たんだよ。
僕が三人にポケモンを渡したんだ。」
シルバーは視線を落とし、目を細めた。
このウツギ研究所でロケット団の名を聴く事になるとは。
縁のない話だと思っていたのに。
「一応話しておいた方がいいかな…と思ってね。
不要だったかな…?」
「いえ、助かります。
その時、ロケット団は何を?」
「ライコウを捕らえようとしていたんだ。」
ジョウト地方の伝説として残る雷ポケモン、ライコウ。
ロケット団は以前から伝説のポケモンを捕獲しようと計画していた。
より強いポケモンを味方につける為だ。
「あれは三年前の話で、それ以来ロケット団とは接触していないみたいだから問題ないよ。」
マリナがワカバタウンに帰省しているとはいえ、何も心配要らないと言いたかった。
その一方、マリナがロケット団と接触があったのは事実だ。
それをシルバーに話さずにいるのも如何かと思ったのだ。
シルバーは分かる筈もなかった。
マリナと接触したロケット団員が誰であるかを。
2017.6.11
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