罪滅ぼし

―――プルルル…


壁に備え付けられている内線電話が鳴った。
調合室で勉強をしていたオーダイルは、自分専用の学習机からぱっと顔を上げた。
シルバーはバーナーで大きなフラスコに火を通している。
手が離せないから代わりに出てくれ、と言われる前にオーダイルは受話器を取った。

“はーい。”

《やあ、オーダイル。》

内線の液晶テレビ画面にオーキド博士が映る。
オーダイルは付属のカメラを大きな手で動かし、シルバーを映した。
ストップウォッチで加熱時間を計測しているシルバーは集中力を切らさない。

《後で此方に来るように伝えてくれんか?

君も来てくれ。》

“分かった!”

オーダイルが頷くのを見たオーキド博士も頷き、頼んだと一言残して通話を切った。
オーダイルは自由帳のページの端に鉛筆で字を書いた。
ストップウォッチが鳴り、シルバーはフラスコの中身を百mlサイズの瓶に小分けして移した。
後は自然に冷めるのを待つだけだ。

「悪い、博士は何を言っていた?」

作業を終えたシルバーに、オーダイルは自由帳を見せた。
博士が後で俺と一緒に来るように言ってた
字を書けるようになったオーダイルは、このように文面で主人と細かいコミュニケーションを取れるようになった。

「分かった。」

シルバーはオーキド博士に似た白衣を脱ぎ、椅子の背凭れに掛けた。
この研究所に来た当初は恥ずかしかった白衣も慣れてしまった。
シルバーは普段通りに私服のポケットに手を突っ込み、オーキド博士の研究室へと向かう。
また分厚い論文という難題を渡されるだろうか。
一つ息を吐き、論文ならどのようなジャンルでもかかってこいという気持ちを引き締めた。


―――コンコン


「シルバーです。」

「シルバー君か、入ってくれ。」

「失礼しま――」

オーキド博士はパソコン画面にとある人物を映し、ビデオ通話をしていたようだ。
だがシルバーはその人物を見て目を丸くした。
ウツギ博士だ。
オーダイルを盗んだ過去があるシルバーは、ウツギ博士に対して如何しても緊張してしまうのだった。
かかってこいという威勢は何処かへ飛んでいってしまった。

「ウツギ君、シルバー君とオーダイルが来たぞ。」

《はい、是非話したいです。》

「俺と…?」

オーキド博士はパソコンの前の椅子から立ち、シルバーに空けた。
その表情は普段通りに大らかで優しい。
悪い話ではなさそうだと悟ったシルバーは、再び一つ息を吐いてから椅子に腰を下ろした。

「お久し振りです、ウツギ博士。」

《久し振りだね、シルバー君。

君に話があるんだ。》

オーダイルがシルバーの隣に顔を出すと、ウツギ博士は微笑んだ。

《オーダイルじゃないか、元気かい?》

“元気!”

元気なのは此処にいる皆や主人のお陰だ。
オーダイルがシルバーににこにこするが、シルバーにはその意図が分からない。
とりあえずウツギ博士と話をする為、画面に沢山映ろうとするオーダイルの顎を一度だけポンと軽く叩いて柔く制した。
その様子を見たウツギ博士は、オーダイルが幸せそうで何よりだと思った。
オーダイルをシルバーに渡したのは間違いではなかったと心から思える。

《早速だけど、シルバー君。

君はもうすぐ旅に出るらしいね。》

「!」

思わぬ話の内容に、シルバーは驚きを隠せなかった。
オーキド博士が話したのだろう。
はい、と遅れて返事をすると、ウツギ博士は続けた。

《何日か僕の助手になってくれないかな?》

「俺が、ですか。」

《僕の研究所には研究員が一人しかいなくてね、何かと忙しくて。

それで、ポケモン医学に精通している君に研究所のポケモンたちを看て欲しいんだ。

あっ、別に君にあの事を償って欲しいだとか、そういう訳じゃないんだ。

オーキド博士から君が優秀だって聞いて、お願いしようと思ったんだけど…如何かな?》

何も言わずに硬直しているシルバーの肩に、オーダイルの手が置かれた。
我に返ったシルバーは隣に立っているオーダイルを見上げた。

“御主人、如何?

俺は行ってもいいよ!”

嘗て盗みを働いた相手に手伝いを頼むのは、ウツギ博士がシルバーを信頼している証拠なのだ。
ウツギ博士は急かす様子もなく、ただ微笑みながらシルバーの回答を待っている。
償い≠ナはないとウツギ博士は主張している。
ウツギ研究所に赴く事はシルバーにとって罪滅ぼし≠ノなるだろう。
それに自分の知識がウツギ博士の助けになるのなら、手を貸したい。

「分かりました、俺でよければ。」

《本当?!

ありがとう、助かるよ!》

「三日後に此処を発つので、真っ直ぐに向かいます。」

《楽しみにしているよ!》

ウツギ博士のほんわかした無邪気な笑顔に、シルバーもやっと微笑む事が出来た。
心から歓迎してくれているのだ。
すると成り行きを見守っていたオーキド博士がシルバーに言った。

「シルバー君、わしにはまだウツギ君と話す事があるんじゃ。

変わって貰えるかな?」

「分かりました。

ウツギ博士、後日宜しくお願いします。」

《こちらこそ!》

ウツギ博士が片手を振り、オーダイルが嬉しそうに両手で振り返した。
シルバーは頭を下げ、席を立った。





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