罪滅ぼし-2
シルバーとオーダイルが去った研究室で、二人の博士は話を続けていた。
「ウツギ君、ありがとう。
シルバー君を少しの間、宜しく頼むぞ。」
《いえいえ、助手の件は僕が提案した訳ですし。》
この三ヶ月弱の間、ウツギ博士はオーキド研究所を何度か訪れた。
シルバーから自身について話を聴き、シルバーについて多少なりとも知っているつもりだ。
ロケット団のボスの息子であり、絶縁状態の父にポケモンバトルで勝利するのが目標だ。
その為には強いポケモンが必要で、ワニノコだったオーダイルを盗んでしまったのだという。
そしてポケモンたちの治療薬を調合出来るのは、ロケット団員の育成所で英才教育を受けていたからだ。
《本当に問題はないと思ってますよ。
彼のオーダイルが幸せそうにしているのを見たら分かります。》
シルバーが期間限定で旅に出る。
旅とはいえ、余り遠出をするつもりはない。
それを聞いたウツギ博士は、マサラタウンから遠過ぎないワカバタウンにあるウツギ研究所に是非来て欲しいと提案した。
《今まで調合してくれた新薬の代金と同じで、きちんとお給料は払いますね。
彼が帰る時に渡すつもりです。》
「そうか、君は律儀じゃな。」
律儀と言われるが、当然だと思う。
シルバーはきっと給料を支払うに相応な働きを見せるだろう。
給料を渡すから来てくれ、と言えばシルバーは恐縮してしまうと思った。
期間限定の助手の務めが終わるまでは黙っているつもりだ。
まさかポケモン泥棒であるシルバーとこんな風に関わりを持てるとは思っていなかったウツギ博士は、感慨深くなりながらも不意に思い出した。
《久し振りに彼に逢ったのは二ヶ月前でしたね。》
「何だか懐かしいのう。」
ウツギ博士が研究の助言を受けるべくオーキド研究所を尋ねたのは二ヶ月程前。
レンタカーでオーキド研究所に到着してからオーキド博士に挨拶し、御手洗いに行こうと一階の研究室から廊下を歩いていた時。
分厚い本を何冊も重ねて運ぶシルバーとオーダイルに遭遇したのだ。
シルバーの脚元には鉤爪で本が持てないマニューラがいる。
ウツギ博士はシルバーを見た途端、気さくに話し掛けた。
「あ、シルバー君!
久し振りだね、僕を覚えているかい?」
ウツギ博士は無邪気に笑ってみせた。
だがシルバーは完全に硬直してしまい、抱えていた本を手から滑らせてしまった。
それはシルバーの脚元にいたマニューラの頭に直撃するかと思われたが、隣にいたオーダイルが反射的に全てをナイスキャッチした。
「…お久し振りです…。」
「大丈夫かい?
何だか体調が悪そうだけど…。」
「いえ、そうじゃないんです。」
ウツギ博士は見た目通りの天然だった。
シルバーの緊張に全く気付かない。
オーダイルは過去に住んでいた研究所の博士に逢い、にこにこと喜んだ。
シルバーはオーダイルの様子を見ると、ウツギ博士への感謝と謝罪を口にした。
「去年はオーダイルをありがとうございました。
それと…盗んだ件は本当にすみませんでした。」
「もういいんだよ。
オーダイルは良い子に育ったね。」
“俺、良い子?”
シルバーの手伝いをするオーダイルはとても幸せそうだ。
オーダイルもマニューラも毛並みの色艶が良い。
ウツギ研究所のポケモンたちの分まで薬を作ってみせるシルバーに、ウツギ博士は感謝を述べた。
「君の薬には何時も助けられているよ、ありがとう。」
「いえ、構いません。」
「新薬を調合するなんて凄いよ。
何処でそんな技術を学んだんだい?」
「…!」
何気ない問い掛けに、シルバーは目を見開いた。
オーダイルとマニューラも声に詰まり、主人を遠慮がちに見た。
訊いてはいけなかったのかもしれない。
ウツギ博士は慌てて謝罪した。
「ご、ごめんね、気に障ったかな…。」
シルバーが返答に困っていると、シルバーの背後からオーキド博士が現れた。
「シルバー君。」
「!」
シルバーは無意識に振り向き、オーキド博士の穏やかな顔を見た。
ウツギ博士は気まずい雰囲気の最中に登場したオーキド博士に、密かに感謝した。
自分はドジで、無意識にシルバーを傷付けているのかもしれないと思うと不安になる。
「ウツギ君は今後も此処に脚を運ぶ事がある。
君の事を話しても構わんと思うが、如何かな?」
「……。」
シルバーは視線を斜め下に流し、目を細めた。
暫し考えると、ウツギ博士に向き合った。
きっと今からシルバーは覚悟を決めて発言するだろう。
それを一言も聴き逃すまいと、ウツギ博士も真剣にシルバーの目を見た。
「俺はロケット団の代表取締役の息子なんです。」
迷いを消し去ったシルバーの声が真っ直ぐで、強く印象的だった。
2017.3.12
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