不信

ダイゴは朝食のパンケーキを御馳走になり、現在は庭に出ていた。
ベランダから眺める庭は広大で、まるで森のようだ。
野生のポケモンたちが伸び伸びと暮らしている。
マサラタウンは人口の少ない閑静な街で、この研究所もとても穏やかで優しい環境だ。
特殊な境遇を持つ小夜にとって、此処は落ち着いて暮らせる場所なのだろう。
今、其処にダイゴが手持ちとしているメタグロスが姿を見せていた。
ケンジはベランダの縁側に腰掛け、色違いのメタグロスを猛烈にスケッチしている。

『小夜です、宜しくね。』

メタグロスは小夜に頭を撫でられ、頬をぽっと染めた。
主人であるダイゴと同じく、トキワの森で小夜の能力の一部を知った。
誰にも口外するつもりはない。
仮に口外したとしても、誰も信じはしないだろう。

「小夜ちゃん。」

『はい。』

ダイゴは拗ね気味のエーフィを視野の片隅に入れながら言った。

「記憶を残してくれて、ありがとう。」

『いえ、私が決めた事ですから。』

「オーキド博士は渋々認めていたね。

エーフィは認めていないようだけど。」

ダイゴから視線を送られると、エーフィはぷいっと顔を背けた。
小夜は困り顔で微笑んだ。
エーフィが七年前に彼と出逢った当時も、彼を嫌っていた。

「ケンジ君、君は?」

「えっ、僕ですか?」

突然話し掛けられたケンジはペンを止め、屈託なく微笑んだ。

「僕もオーキド博士と同じで、小夜さんが決めたならそれでいいんです。」

心配なのは当然だが、小夜の第六感は信用出来る。
小夜がダイゴに記憶を残したのは、きっと何らかの意味がある。
何時か分かる事だろう。

“私は絶対に認めない。”

“エーフィも頑固だね。”

“ボーマンダが呑気なんだよ!”

エーフィが怒りの形相を向けても、ボーマンダは余裕で日向ぼっこをしている。
朝の太陽に目を細めながら、のんびりと言った。

“俺は小夜の気持ちを汲むよ。

小夜は久し振りに能力を知った人間が出来て、嬉しい筈だし。”

エーフィは言い返せなかった。
小夜はその境遇のせいで信頼出来る人間が数少ない。
予知夢が待ち受けている今、そういった人間が増えるのは悪くない。
ダイゴにロケット団との接触がなければの話だが。
ボーマンダは続けた。

“そんなにぷんぷんしてるのは君だけだよ。

ネンドールを見てご覧よ、何事にも動じないあの余裕の無表情。”

“…私を引き合いに出さないでくれ。”

ハガネールの隣で浮遊していたネンドールは、エーフィから睨み付ける攻撃を食らった。
だがその防御が下がる様子はない。
ダイゴに記憶が残されたと知ったハガネールもネンドールも、意外にも冷静だった。
心が脆くなっている小夜を支える人間が増えるのなら、それは有り難いに他ならない。

“バクフーンとスイクンだってぷんぷんしてないよ。”

ボーマンダの台詞に名前が出た二匹は、エーフィにじとっと見つめられた。
バクフーンは苦笑した。
自分もボーマンダと同じで、小夜の気持ちを汲みたいと思っている。
一方、スイクンはダイゴを警戒していた。
トキワの森で大切な小夜が泣いているのを直接見た。
しかも、ダイゴの目の前で泣いていた。
お香が焚かれていた時も、スイクンは真っ先に小夜の元へと駆け付け、ダイゴを強く牽制した。
何方かと言えば、エーフィの意見に近い。
小夜を見守る保護者的立場のポケモンとして、油断は出来ない。
シルバーがこの研究所にいない今、小夜は常に不安定だ。

「ポケモンたちは何を?」

『其々、考えている事があるんです。』

ダイゴは想像した。
もしポケモンの言葉が理解出来たのなら、世界はもっと広くなるだろう。
ポケモンの血が流れているこの少女は、普通の人間とは違った景色を見ているのかもしれない。

「シルバー君とは恋人同士だよね?」

『そうです。』

「彼が君の能力を知った時は、どんな状況だったんだい?

勿論答えたくなければ、話さなくても構わないよ。」

小夜は微笑んだ。
メタグロスに見上げられながら、あの日を思い出す。

『殺気で脅して、口封じをしました。』

ダイゴは目を見開いた。
一年以上も前、小夜は相手の腰が抜ける程の殺気でシルバーを脅した。
随分と懐かしい話だ。
今でもシルバーは小夜の殺気を感じるだけで身体が震えるという後遺症が残っている。
たとえそれが他人に向けられた殺気だとしても、身体が嘗ての恐怖を記憶している。

「殺気…か。」

ダイゴはエーフィに睨み付けられた。
自分は人間だが、そろそろ本当に防御が下がりそうだ。

「君の事を口外すれば、僕もそうなるんだね。

肝に銘じておくよ。」

先程の小夜の台詞はダイゴを牽制する意図があったのかもしれない。
そのような事をされなくとも、口外するつもりはない。





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