不信-2

ウツギ研究所の一階のベランダはオーキド研究所よりも狭いが、太陽光が温かくて居心地が良い。
シルバーはその縁側に立っていた。
ベランダに通じている庭には沢山のポケモンの姿がある。
雲一つない青々とした空を見上げながら、そっと呟いた。

「お前は如何思う?」

ダイゴと似ているようで似ていない彼に問い掛ける。
小夜がダイゴに記憶を残した事に関して、シルバーは助言が欲しかった。


―――全く似ていませんから。


そう冷たく言い放つ様子が目に浮かび、小さく笑った。
シルバーのポケモンたちはダイゴに記憶を残した事に関して反論しなかった。
小夜がシルバーの記憶削除に失敗した事は、結果的に良かったと言える。
主人であるシルバーと同じように、ダイゴが小夜の力になってくれると期待しているのだ。
だが小夜はお香などで傷付いているだろう。
シルバーは本来なら今すぐにでも小夜に逢いたい筈だ。

“御主人、結果出たよ。”

部屋からベランダに顔を出したのはオーダイルだ。

「今行く。」

シルバーは庭に背を向け、一階の研究室に入った。
五分程前から血液を数滴垂らしておいた透明なシャーレを顕微鏡で覗き込んだ。
化学反応が起きている様子はない。

「陰性か。」

今朝、流行りの感染症に似た症状のポケモンがこの研究所に運び込まれた。
ワカバタウン出身のマリナというポケモントレーナーの手持ちポケモン、アリゲイツだ。
現在は別の部屋に隔離されている。
検査を急いだシルバーは、まだそのトレーナーに逢っていない。

「行くぜ。」

“うん。”

シルバーはオーダイルを連れ、早足でウツギ博士の元へと向かった。
一階にある応接間の扉を開けると、重々しい空気の中でウツギ博士と少女が椅子に座って待っていた。
其処はオーキド研究所の応接間に似た温かみのある部屋で、座面の広い一人掛けの椅子が四人分置いてある。
青色の髪を二つ括りにしている少女が其処から素早く立ち上がった。
シルバーよりも年下の少女だ。
この少女がウツギ博士の言っていたマリナというトレーナーだろうか。
ウツギ博士は緊張気味に尋ねた。

「シルバー君、如何だった?」

「例のウイルスには陰性でした。」

ウイルスなどという聴き慣れない単語を耳にした少女は、低いテーブルに膝をぶつけそうになりながらも、慌ただしくシルバーに駆け寄った。
初対面にも関わらず、片腕をがっしりと掴まれたシルバーは冷や汗を掻いた。

「あたしのアリゲイツは大丈夫なんですか?!」

「風邪をこじらせたんだろう。」

「重い病気じゃないんですね…?!

はー、良かったあ…。」

もし流行りの感染症だとしても、重篤化しない限りは命の心配は要らない。
それにシルバーがオーキド研究所で調合した抗ウイルス剤は、この研究所に配達済みだ。
重篤化など、シルバーが絶対にさせない。

「抗生剤を投与すればすぐに元気になる。」

「こうせいざい…とうよ…?」

「つまりは風邪薬だ。」

ウツギ博士が少女の肩を軽く叩き、シルバーの腕を解放するように催促した。
少女ははっとすると、シルバーから慌てて手を放した。

「あの、あたしマリナといいます!

イケメンの貴方のお名前は…!」

「彼はシルバー君といってね、出張で助手をしてくれているんだよ。」

イケメンの貴方などと言われたシルバーが自己紹介をし難いと思い、ウツギ博士は助け舟を出した。
シルバーはその心遣いに感謝した。
マリナは目を輝かせながらシルバーを見ている。

「素敵…!」

シルバーは顔が引き攣りそうになるのを必死で堪えた。
またまたウツギ博士が助け舟を出した。

「早速、お薬を飲ませようか。」

「あたしも行きます!」

アリゲイツは別の部屋で眠っている。
応接間を出た三人と一匹は二手に分かれた。
シルバーとオーダイルは薬を取りに向かい、ウツギ博士とマリナはアリゲイツが隔離されている部屋へと向かった。
シルバーは借りている研究室に到着すると、引き出しから目当ての抗生物質の錠剤を探し出した。

「お前は此処に残れ。

移ると困る。」

“分かった。”

オーダイルはシルバーを見送り、研究室に一匹だけ残った。
自分以外のシルバーのポケモンたちは庭で日向ぼっこ中だ。
両手に五本指のあるオーダイルは主人の手伝いをし易い。
実際に主人の手伝いをするのが好きなオーダイルは、大概この研究室にいる。
シルバーが使っている回転椅子に腰を下ろすと、電源の入っているパソコンと目が合った気がした。

“検索のページ…?”

その画面には検索サーチのトップページが開かれている。
パソコンの使い方は以前シルバーから少しだけ教わった。
オーダイルは興味本位でキーボードを触った。
覚えたてのローマ字で平仮名を慎重に入力し、エンターキーをぽちっと押した。
その文字はほうえんちほうだいご≠セ。
変換や改行の存在はすっかり忘れていた。

“わ、いっぱい出てきた…。”

検索結果が文字となってずらりと並んでいる。
シルバーの真似をしてマウスを動かすと、カーソルが動いた。
動く矢印に楽しくなったオーダイルは、適当にクリックしてみた。
すると、力んだオーダイルの大きな指に負けたマウスが、べこっと不気味な音を立てて凹んだ。
オーダイルは元から青色の顔を更に青くし、クロバットの超音波を受けた時よりも混乱した。

“わあああ!”

壊してしまった。
パソコンを貸してくれているウツギ博士に謝罪しなければ。
ふとその画面を見ると、何時の間にか画像一覧を表示していた。
とある人物の様々な画像が沢山並んでいる。
自尊心に溢れた笑顔の顔写真や、バトルの一場面を切り取ったらしい画像もある。
オーダイルはこの人物がダイゴであるとすぐに気付いた。
亡き彼を彷彿とさせる人物と聞いていたが、まさにそうだったからだ。
沢山の画像を凝視した。

“似て…ない。”

この時、オーダイルはダイゴの顔を初めて見た。
最初は似ていると思った。
だが主人が言っていた通り、見れば見る程似ていない。

「オーダイル。」

“うわ!”

シルバーのノックに気付かなかったオーダイルは、何時の間にか背後にいた主人に飛び上がった。
パソコン画面に映るダイゴの顔を見たシルバーは、次にオーダイルの手元にあるマウスに気付いた。
見事なまでに凹んでいる。

「おいおい…。」

“ごめんなさい…。”

シルバーは涙目になったオーダイルに苦笑した。
一番の相棒の頭に手を置き、パソコン画面を見た。
ダイゴの沢山の顔が此方を見ている。
僕を信頼してくれ、と訴えかけられているように錯覚した。
シルバーはキーボードを操作し、パソコンをスリープ状態にした。
つまり、まだ信頼していないのだ。



2017.5.27




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