後悔
『今日もお疲れ様、シルバー。』
《お前もな。》
テレビ電話に出てくれたシルバーの顔を見ると、小夜は安堵した。
パソコン画面を抱き締めたくなる。
誰もいない研究室で、シルバーは画面の中にいる小夜の頬に触れた。
《何かあっただろ。》
『……え?』
不安げな小夜の顔を見れば分かる。
小夜は途端に涙を滲ませた。
恋人の涙に弱いシルバーは訳が分からなくなった。
《……小夜?》
『ご、めん…。』
小夜は手の甲で涙を拭った。
泣いてしまえばシルバーに心配を掛けるというのに。
小夜の頭に優しく手を置き、画面に顔を見せたのはオーキド博士だった。
「シルバー君、わしじゃ。」
《オーキド博士。》
「少し長くなるが、話を聴いて欲しい。」
オーキド博士はその場にいた人物に目配せし、画面に映るように催促した。
その人物が画面に現れた時、シルバーは目を見開いた。
亡き彼を彷彿とさせる人物だったからだ。
「初めまして、シルバー君。」
シルバーはすぐに冷静を取り戻した。
似ているかと思ったが、似ていない。
この人物の髪と目の色は何方かというと青を含んだ銀色。
亡き彼は紫を含んだ銀色だった。
髪型も顔付きも声色も違う。
小夜がダイゴと出逢った時、動揺したであろう事は安易に想像出来た。
「僕はダイゴだ、宜しく。」
《…此方こそ。》
警戒心を拭えないシルバーは、無愛想な言い方になってしまった。
すると、画面にエーフィの顔がドアップで映った。
何かをぎゃーぎゃーと主張するが、シルバーにはその内容が全く分からない。
困惑するシルバーを見た小夜は、膝に乗って前のめりになるエーフィを抱きかかえた。
小さな頭を主人に撫でられたエーフィは、むすっとしながらも大人しくなった。
シルバーは嫌な予感がした。
小夜とオーキド博士から説明を聴き終えたシルバーは、混乱する頭を整理しようと試みた。
額に手を当て、深々と溜息を吐いた。
《簡単に能力を晒すなと言った筈だ。
仕方なかったとは言わせない。》
『……うん。』
まだウツギ研究所に到着してから一週間も経過していない。
まるでシルバーがオーキド研究所を離れるのを見計らっていたかのように、ダイゴが現れた。
酷な偶然だ。
『シルバーの事は話してないよ。』
《そうか……俺はこれ以上話すつもりにはなれない。
お前もまだ全て話した訳じゃないだろ。》
『勿論。』
シルバーがロケット団の代表取締役であるサカキの息子である事。
そのロケット団に追われていた事や、予知夢に直面している事も。
《お前が記憶を残してもいいと思う意味が分からない。
ウツギ博士すらお前の正体を知らないんだ。》
「僕は口外しない。」
シルバーはダイゴに対する警戒心を緩めない。
そんなシルバーに小夜は優しく言った。
『シルバー、右手を見せて。』
《……。》
シルバーは深く息を吐くと、右手首にあるキーストーンを画面に映した。
ダイゴから貰った物だと聴いたのは、つい先程だ。
『キーストーンとメガストーンをくれた人の記憶を簡単に消したくないの。』
エーフィはシルバーが記憶を削除しろと言うのを待っていた。
予知夢の当日を控えている今、何事にも慎重になるべきだ。
ダイゴが真剣な声色で言った。
「もうこの子を泣かせたりしない。」
複雑な事情を抱えているであろう小夜を、二度も泣かせてしまった。
真剣そのものであるダイゴの台詞を聴き、シルバーは考えた。
ダイゴが知ったのは小夜の能力の一部とその正体。
人間とポケモンの混血で、人造生命体である事。
ポケモンと会話出来る事、癒しの波導と金縛りの使用。
そして、古代文字の解読者である事。
それ以上は何も聴いておらず、ロケット団という単語を聴いた訳でもない。
「シルバー君、僕を信じて欲しい。」
シルバーは再び額に手を遣った。
小夜は以前、シルバーの記憶を削除しようとしたが、成功しなかった。
記憶を残した事にリスクがあったとはいえ、結果的に恋人同士になれた。
勘が働く小夜がダイゴの記憶を残したいと思うのなら、きっとダイゴは今後小夜の力になってくれるだろう。
まだダイゴを信用するのは無理だが、小夜なら信用出来る。
シルバーは答えを出した。
《分かったよ、小夜。
お前に任せる。》
小夜は微笑み、ゆっくりと頷いた。
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