お香-2

似ているのは髪色、目の色。
年齢も近いだろう。

―――少し似てる気がして驚いたけど、もう大丈夫。
シルバーの事は呼ばないで、心配させたくないの。
お願い、ネンドール。

お香の効果が身体から抜け切らない小夜は、外の空気を吸う為に庭へ出ていた。
そんな主人を見ながら、ハガネールとネンドールは小夜との会話を思い出していた。
ワカバタウンのウツギ研究所に滞在しているシルバーを瞬時に此処へと連れてこられるのは、テレポートを持つネンドールだけだ。
オーキド博士と小夜に頭を下げるダイゴを見ていると、今すぐにでもシルバーの元へ行きたくなる。

「……申し訳ありませんでした。」

「小夜を傷付けるのは許さんと言った筈じゃが。」

オーキド博士は無表情で、その声色にも何時もの温かみを感じない。
ベランダの縁側に腰を下ろしている小夜は、ダイゴと向き合っているオーキド博士に静かに訴えた。

『博士、もういいんです。

終わった事ですから。』

「小夜、君は優し過ぎる。」

“そうだよ、小夜!”

エーフィがオーキド博士に強く賛同した。
お人好しも過ぎれば仇となる。

「今すぐにでも記憶を削除するべきじゃ。」

『……。』

小夜は如何してもダイゴに対する記憶削除の実行に抵抗があった。
ダイゴの過失は大きく二つ。
連絡もなしにこの研究所を訪れた事、そしてオーキド博士に無断でお香を使用した事だ。
だがダイゴはキーストーンとメガストーンをオーキド博士に譲った人物だ。
小夜はダイゴに感謝を伝えようと思っていた。
だがダイゴは部屋でお香を焚き、あのような事態になってしまった。

『私は人間とポケモンの混血です。

人の手で造られた人造生命体です。』

突然の告白に誰もが耳を疑った。
ダイゴは目を見開き、小夜の瞳を愕然と見つめ返した。
今、彼女は何を言ったのだろうか。

『貴方の予想通り、古代文字を解読したのも私です。』

小夜は記憶削除を強行するか否か、ダイゴの反応を見て決めようと思った。
真っ直ぐに目を見て、心の気配を探りながら話を続けた。

『誰にも話さないでくれますか?』

自尊心に溢れたダイゴの心が、信じ難い話に動揺しているのが分かる。

『貴方を信じてもいいですか?』

オーキド博士は深々と眉を寄せた。
エーフィが小夜の脚元で必死に訴えた。

“この人はバショウじゃないよ!

確かにほんのちょっと似てるかもしれないけど、だからって感情移入しちゃ駄目だよ!”

『もう似てるとは思ってないよ。』

感情移入している訳ではない。
彼を彷彿とさせる人物との関わりを持ちたい訳でもない。

“記憶を残しておくなんて、シルバーが聴いたら反対する!”

小夜はシルバーの名前に反応し、瞳を切なげに細めた。
シルバーが全てを聴けば、小夜にお香を使ったダイゴに怒りを覚えるだろう。
すると、首元にメガストーンの煌めきがあるボーマンダが冷静に言った。

“エーフィ、最後まで聴こう。”

ボーマンダは小夜の気持ちを汲みたかった。
小夜が能力を見られたのは久方振りで、その人間を信用してみたいと思うのは不思議ではない。
それにダイゴはホウエン地方のポケモンリーグのチャンピオンであり、デボンコーポレーションの御曹司だ。
胸ポケットのメガラペルピンはポケモンとの絆を示している。
もしダイゴが小夜を理解し、手を差し伸べてくれるのであれば。
心強い味方となるだろう。
だが今日の事を踏まえると、すぐに信用しろというのは流石に難しい。

『ダイゴさん、貴方の心の気配は自尊心のある自信家です。

でも正義感に溢れていて、とても温かい。

貴方の人間性は信じるに値します。』

「君はやはり不思議な子だね。」

ダイゴは緩く微笑んだ。
目の前にいる不思議な少女に、嘘偽りない目で言った。

「ホウエンのチャンピオンの名にかけて、誰にも話さないと誓う。」

『……。』

小夜はダイゴから一瞬足りとも瞳を逸らさなかった。
成り行きをじっと見守っていたネンドールは迷った。
シルバーを連れてきたなら、何を言うだろうか。
小夜も逢いたがっている筈だ。
自分なら今この瞬間にも、シルバーをこの場に連れてこられる。

『ネンドール。』

“……!”

小夜は静かに首を横に振った。
思考を見抜かれたネンドールは、黙ってその場に浮遊するしかなかった。
一方のオーキド博士は腕を組みながら俯いた。
小夜の気持ちを汲みたい自分と、ダイゴを責め立てたい自分が葛藤している。

“私は、絶対に、納得、しない!”

何としても記憶を残す事に納得しないポケモンが一匹。
わざわざ区切りを付けながら話すエーフィは、焦燥と苛立ちを隠せなかった。
今日中に連絡を取るであろうシルバーは、小夜の言動に如何反応するだろうか。
シルバーが納得しないと言えば、小夜も記憶削除に同意するだろう。
今後の小夜の動向はシルバーの意見にかかっている。



2017.5.13




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