ツワブキ・ダイゴ

スイクンがオーキド研究所の庭に到着した時。
エーフィはスイクンの背に乗ったままの小夜の胸に飛び込んだ。
小夜は小さな親友を抱き締めた。

『ごめんね、ただいま。』

昼食が終わった途端、小夜とスイクンの行方が分からなくなった。
不安で一杯だったエーフィは、小夜の腕の中でぽろぽろと涙を零した。
ボーマンダとバクフーンも小夜の無事に安堵したが、スイクンが背に乗せている人物を見て驚いた。
主人とスイクンの帰りを庭で待っていたネンドールとハガネールも、言葉を失った。
その人間が亡き銀髪の彼を彷彿とさせるからだ。

「小夜、よく帰ったのう。」

「小夜さんお帰りなさい。

急にいなくなったからびっくりしたよ!」

オーキド博士とケンジもベランダで小夜を待っていたのだ。
スイクンの背から降りた小夜は、エーフィにしがみ付かれながら謝罪した。

『突然飛び出したりして、すみませんでした。』

「シルバー君が聴けば怒るじゃろうな。」

小夜は眉尻を下げながら弱々しく微笑んだ。
トキワの森から感知した気配に居ても立っても居られず、全速力で走った。
それに逸早く気付いたスイクンが後を追ったのだ。
他のポケモンたちは待機となり、待てば待つ程に不安が募った。

「さて…。」

オーキド博士はスイクンの背から降りた青年を見て、気難しそうに額に手を当てた。

「ダイゴ君、研究所に来るのをあれ程断った筈じゃが。」

「申し訳ありません。」

ポケモン研究において最も威厳のある博士に対し、ダイゴは頭を下げた。
小夜はエーフィを腕に抱きながら言った。

『博士、彼は怪我をしているんです。

私が治療します。』

「うむ、分かった。」

「小夜さん、僕も手伝います。」

小夜は研究所内に入る前に、ネンドールとハガネールにテレパシーを送った。
二匹がダイゴを見て動揺していると思ったからだ。

―――後で話すから、待っていてね。

テレパシーを受けた二匹は小夜に頷き、森へと戻っていった。
小夜たちは一階の応接間に入った。
大きなL字型のソファーや六人掛けのダイニングテーブルは、一階にある談話室に似た配置だ。
ケンジが持ってきた救急箱で、小夜はダイゴの手当てをした。
ジャケットを脱いだダイゴの左の二の腕を消毒してからガーゼを貼り、その上から包帯で固定した。
とても丁寧な巻き方に感心しながら、ダイゴは少女に感謝した。

「ありがとう。」

『いえ、軽傷で良かったです。』

ケンジは治療の片付けをすると、四人分のお茶を出した。
ダイニングテーブルの椅子に小夜とオーキド博士が隣同士で座り、オーキド博士の前にはジャケットを椅子に掛けたダイゴが座っている。
ケンジはオーキド博士の隣に座り、ダイゴは三人と一人で向き合う形となった。
勿論、小夜のポケモンたちもその場にいる。

「改めまして、ツワブキ・ダイゴと申します。」

ダイゴと名乗った青年は律儀に頭を下げた。
亡き彼の顔を見た事のないケンジは特に動揺せず、快く名乗った。

「ケンジです。」

『小夜と申します。』

小夜はもう動揺していなかった。
目の前にいる青年は彼ではない。
既に心は割り切っていた。

「単刀直入に言いますが、僕は古代文字の解読者に逢いに来ました。」

ケンジは思わず小夜の顔を見そうになったが、何とか堪えた。
一方の小夜は冷静で、無表情だ。
オーキド博士は腕を組み、眉を寄せている。

「君からキーストーンとメガストーンを受け取った時、約束した筈じゃ。

解読者に関しては絶対に言及しない、と。」

小夜はオーキド博士の横顔を見た。
オーキド博士の今の台詞で全てを理解した。
ダイゴは古代文字の解読をオーキド博士に依頼した張本人だ。
解読可能だと信じ、持ち合わせていたキーストーンとメガストーンを渡したのだ。
ボーマンダナイトとゲンガナイトは数あるメガストーンの中からオーキド博士が選んだものだ。
ボーマンダの首元にあるメガストーンと小夜の手首にあるキーストーンは、ダイゴから贈られた物だったのだ。

ダイゴはオーキド博士から古代文字の解読文書を極秘で受け取った瞬間、天才解読者に如何しても逢いたくなった。
オーキド博士に何度も送られていたメールや電話の内容は、解読者に逢わせて欲しいというダイゴからの依頼だった。
オーキド博士は小夜やシルバーにダイゴの存在を気付かれないまま、この件を収拾させたかった。
一度だけ見た亡き彼の顔写真に、ダイゴが似ているからだ。
小夜に逢わせたくはなかった。
だからこそ、キーストーンとメガストーンを渡してくれた相手が何者かを二人に話さなかった。

「何十年もの間、古代文字はどんな研究者も解読出来ませんでした。

僕はそれを解読してみせた人間に逢いたかったんです。」

ダイゴの口調は熱意に満ちていた。
気難しい表情をするオーキド博士に必死で訴えた。

「ホウエン地方のチャンピオンとしてではなく、デボンコーポレーションの御曹司としてでもなく、個人的にこの研究所を訪ねました。

僕が此処を訪ねた事は誰も知りません。」

ダイゴの熱意は小夜の無表情を動かせなかった。
小夜は目の前にいる青年がホウエン地方のチャンピオンだとは知らなかった。
デボンコーポレーションという企業は有名で、その名を耳にした事はあったが、詳細は知らない。
ケンジは眉尻を下げ、オーキド博士の表情をチラリと窺った。
オーキド博士は溜息を吐いた。

「小夜、君に謝ろう。」

全ては自分の責任だ。
古代文字の解読を請け負ったのが悪かった。
ダイゴが見せてきたキーストーンとメガストーンを見て、小夜とシルバーに必要だと思った。
特にシルバーには小夜を守る手段を多く持ち合わせていて欲しかったからだ。
オーキド博士からそう説明されなくとも、小夜はそれを理解していた。

『博士が謝罪する必要はありません。』

「君はダイゴ君を見て、苦しかったじゃろう。」

『最初は驚きましたが、もう平気です。

本当ですよ?』

「僕を見て、苦しいのは何故ですか…?」

ダイゴを救った後に、小夜は様子がおかしくなった。
それをずっと不思議に思っていた。
小夜は瞳を伏せ、静かに言葉を紡いだ。

『亡くなった大切な人に、貴方が似ていると思ったからです。』





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