不思議な少女-2

ポケモン同士の衝突を止めた少女、小夜はゆっくりとダイゴに顔を向けた。
負傷したダイゴは現実を受け入れるのに時間を要しながらも、助けてくれた不思議な少女に感謝を述べた。

「ありがとう…助かったよ。」

『怪我を見せて下さい。』

小夜はダイゴの前に片膝を突くと、その傷を確認した。
打撲と切り傷だが、予想よりも軽傷だ。
腰のバッグから無地のハンカチを取り出し、血が滲んでいる其処に巻き付けた。
オーキド研究所で手当てをした方がいい。

「君は…ポケモン、なのかな。」

金縛りを使用した少女の名前をダイゴが尋ねなかったのは、この少女の正体が化けたポケモンだと思ったからだ。
ハンカチを巻き付けてくれた少女の端整な顔を見つめた。
その質問に否定も肯定もしなかった小夜は、無表情でダイゴの顔を見つめ返した。

一瞬だけ、似ていると思った。
亡くなった彼に。

彼よりも青みのある銀髪、目の色。
年齢も二十代半ばと同じくらいだろう。
落ち着いた声色も似ている。
その姿が亡くなった彼と重なり、数々の記憶がフラッシュバックした。


―――これからも、ずっと愛しています。

―――お願い、逝かないで!!


『っ…。』

即座に立ち上がった小夜はダイゴに背を向けた。
その肩が震えているのを見て、ダイゴは眉を寄せた。
如何したというのだろうか。

「…大丈夫かい?」

小夜は不安定な脚取りで、傍にあった木の裏にへたりと座り込んだ。
数々の記憶が切り取られた写真のように部分的に押し寄せ、怒涛のように思い出される。
頭を抱え、瞳を瞑った。

「君…大丈夫、じゃなさそうだな。」

ダイゴは小夜の元へと慎重に近寄った。
人を呼んだ方がいいだろうが、此処は深く薄暗い森の中だ。
誰も来てくれやしないだろう。
ダイゴは少女と視線の高さを合わせると、その両肩に手を置き、優しく訴えた。

「ゆっくり息をするんだ。

吸うよりも吐く方を意識して。」

正直、小夜にはダイゴの声が殆ど耳に入っていなかった。
ふと顔を上げると、ダイゴの顔が間近にあった。
似ていないのに、苦しい。
小夜の頬に涙が伝った。
両手に顔を埋め、再び黙り込んでしまった。
目の前の優美な少女が何故泣いているのか分からないダイゴは、ひたすら狼狽した。

「如何すれば…。」

相棒であるメタグロスの顔を見ても、困り顔をされただけだった。
自分は女の子を泣き止ませるスキルなど持ち合わせていない。
だが先程この少女がピジョットにした事を思い出した。
両膝を突き、小さな頭を抱き寄せた。
壊れ物を扱うかのように、怖がらせないように、優しく。

「大丈夫、落ち着いて。」

小夜は瞳を見開き、すぐに閉じた。
この人からは彼とは違った気配がする。
自尊心、正義感、自信家。
頭を撫でる手付きも彼とは違う。
彼との相違点を見つける度に、小夜は落ち着きを取り戻していった。
その経過途中に手持ちポケモンの気配が近付くのを感知した。

“小夜!!”

『!』

颯爽と現れたのは、ジョウト地方の伝説のポケモン。
美しく崇高な姿をしたそのポケモンは、スイクンだった。
鋭く赤い双眼は、涙を流す主人を胸に抱くダイゴを睨んだ。

「スイクン…!」

今日は信じ難い出来事が連続する日だ。
ダイゴは小夜をゆっくりと離し、小夜がふらりと立ち上がった。

『睨まないで、スイクン。

この人は何も悪くないの。』

“何があった?”

『後で話すよ。』

左腕を負傷しながらも主人を宥めていた青年は、亡き彼を彷彿とさせる。
近くには無残にも粉々になったポケモンの卵。
主人の頬には涙の跡。
スイクンを混乱させるには充分な要素が揃っていた。

『この人が怪我をしてるから、研究所で治療しなきゃ。』

スイクンが頷いたのを確認した小夜は、片膝を立てたままのダイゴに片手を伸ばした。
ダイゴはその華奢な手を右手で握り、立ち上がった。

「まさか君は…オーキド博士の助手かい?」

小夜は何も答えないまま、ダイゴをスイクンの元へと誘導した。
体勢を低くしたスイクンの背に乗り、ダイゴがその後ろに乗った。
スイクンは地を蹴り、木々の間を颯爽と駆け抜けた。

“記憶は如何する?”

『消すかもしれない。』

「僕の気のせいかもしれないけど、ポケモンと話しているよね?」

小夜はやはり返事をしなかった。
不思議な少女の靡く髪を見つめながら、ダイゴはオーキド研究所へと向かった。
其処はダイゴが目指していた本来の目的地だった。



2017.4.30




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