不思議な少女

ホウエン地方で発掘された古代文字が解読された。
その噂が広まったのは、解読者による文書が何らかの原因でプラターヌ研究所から漏洩したせいだ。
だが、自分は解読を依頼した張本人である。
その噂が広まる前から、その解読者がオーキド研究所にいる事を知っていた。
その天才解読者に是非逢いたい。
オーキド博士にメールや電話でそう申し出ても、訳あって無理だという一点張りだった。
だが、如何しても逢いたい。
それならば自分から出向くしかないと考えた。
事前に訪問する事を連絡すれば拒否されると思い、所謂アポなしだ。

「トキワの森は深いな…。」

アルミのアタッシュケースを片手に持つダイゴは、果てしなく続く薄暗い雑草だらけの道を進んでいた。
自家用のプライベートジェットを使用してもよかったが、閑静なマサラタウンでは目立ち過ぎるだろう。
着陸する場所があるという確証もない。
ダイゴは夕暮れ空を見上げた、つもりだった。
生い茂る木々の葉や枝が太陽光や空の色を隠してしまっている。
その時、背後の巨木の上から、草の揺れる雑音がした。

「!」

ダイゴが振り向くと、立派なオニドリルが両脚に何かを掴んで飛び上がるのが見えた。
だがそれは脚から滑り、ダイゴの目の前に落下した。
それはポケモンの卵だった。
人間の頭部程のサイズだったであろう卵は、落下の衝撃によって無残にも割れてしまった。

「っ…。」

ダイゴはその凄惨な状態に思わず目を背けそうになったが、その次には別の羽音が聴こえた。
オニドリルが飛んできた方向から、一匹のピジョットが現れたのだ。
先程のオニドリルに負けず劣らず立派なピジョットは、木の太い枝に降りると、ダイゴと卵を見て敵意を丸出しにした。
あのオニドリルの姿はなくなっている。
ダイゴは冷や汗を掻きながら、一歩だけ後退りした。

「違う、誤解だ!」

血が沸騰しそうな程に激怒したピジョットは、翼を限界まで広げて咆哮を上げた。
あのピジョットはこの卵の親だろう。
オニドリルは卵を餌にしようとしていたが、運悪くダイゴの目の前に落としてしまったのだ。
ピジョットは卵を盗んだのがダイゴだと誤解した。
木の枝から飛び上がり、ダイゴに向かって高速飛行した。

「ブレイブバード…!」

手持ちポケモンを放つ猶予などない。
ダイゴは咄嗟に地を蹴り、横に回避しようとした。
だが左の二の腕に攻撃が擦り、激痛と共に倒れ込んだ。

「く…っ。」

動く右腕でモンスターボールを取り出し、一番の相棒を放った。

「メタグロス、頼む!」

色違いのメタグロスが放たれた。
鋼とエスパータイプのメタグロスはメガ進化可能なポケモンであり、ダイゴもキーストーンをメガラペルピンとして所持している。
だがブレイブバードを繰り返すピジョットの攻撃に対し、メガ進化は間に合わない。
座り込んでいるダイゴは怪我をした二の腕を押さえながら、必死で命令した。

「コメットパンチ!」

両腕を突き出したメタグロスは鋼タイプのエネルギーを腕先に纏い、ピジョットに向かって加速した。
コメットパンチとブレイブバードが衝突し、暴風が吹き荒れた。
砂埃と木の葉が激しく舞い上がり、視界が悪い中でダイゴは目を固く瞑った。
だが、妙だ。
衝突音がしなかった。
そっと目を開け、徐々に明瞭になり始めた視界に目を凝らした。
その瞬間、息を呑んだ。

「……!!」

少女だ。
メタグロスとピジョットの間に立っている。
地表と平行に上げた腕を真っ直ぐに伸ばし、二匹に掌を向けている。
掌は其々、メタグロスの爪先とピジョットの嘴に触れていた。
二匹は攻撃を繰り出したままの体勢で微動だに出来ず、金縛りに遭っていた。
少女がピジョットに顔を向けている為、ダイゴとメタグロスにはその顔を窺う事が出来なかった。

『待ちなさい、ピジョット。』

凛とした声に諭されると、ピジョットは怒りがすうっと収まり、自然と身体の力を抜いた。
少女は柔らかく微笑んで頷いた。

『良い子ね。』

少女が腕を下ろした瞬間、二匹の金縛りは解けた。
唖然としていたメタグロスは我に返り、ダイゴの元へと戻った。
翼を畳んだピジョットは哀しげに俯いた。
少女は振り返り、命の消えた卵へと視線を遣った。
その時、ダイゴは初めてその少女の顔を見た。
世にも美しい少女に、状況を忘れて魅入った。
風に揺れる艶やかな髪。
透き通った紫の瞳。
恐ろしい程に端整な顔。
年齢は十代半ば、もしくは後半だろうか。
随分と大人びて見える。
そして遅くも気付いたが、その右手首にはキーストーンの煌めきがあった。
優美で凛とした少女は瞳に涙を溜めると、ピジョットに向き直った。
自分と然程身長差のないピジョットの顔を抱き寄せ、頭を撫でた。

『冷静になった?』

少女の肩に顎を乗せる形で抱き締められていたピジョットは頷き、身体を離した少女の瞳を見た。
ポケモンの卵はそう簡単に割れはしない。
相当な高度から落下させなければ、あのように粉々にはならない。
あの人間が落下させたとは考え難い。
怒りから解放された時、冷静に物事を判断出来るようになった。

『私も大切な人を失ったから、分かるよ。』

同情なんて苦しいだけかもしれないけど。
ピジョットの頬に手を添えた少女は、怒りの消えた目から涙が溢れるのを拭ってやった。
そろそろ、時間だ。

『あの人の事なら任せて。

さあ、行って。

次の命を守って。』

ピジョットは逞しい翼を大きく広げ、少女に頭を下げた。
他の卵を守る為、ピジョットは飛び去った。





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