親友の願い

オーストラリアへ経つ日を明日に控え、あたしは部活を休んで桃城宅にお邪魔していた。
華代のお母さんからショートケーキのおもてなしを貰い、ありがたく頂いている最中だ。
整頓された親友の部屋で低い丸テーブルを囲い、二人で苺を頬張る。
甘酸っぱくて癒される。
親友の華代が可愛らしく微笑みながらあたしに尋ねた。

「学校は如何?」

『んんー…。』

手塚先輩の事が頭に浮かんでしまって、変な返事になってしまった。
一方の華代は目が見えないとは思えないくらいに綺麗に食べ進めている。
本当は見えているんじゃない?
そう訊きたくなってしまうくらいに。

「ちゃんと勉強は出来てる?」

『あはは、精進します。』

テニス馬鹿のあたしは基本的に勉強が苦手だ。
特に日本史や世界史といった暗記分野が駄目。
あたしは何方かというと理系なんだ。
ただ、テニスで国外へ出るようになるのを想定して、小学3年生から小学校卒業まで英会話スクールに通っていたから英語は得意だ。
普通に話せるまでになった。

『華代は如何?』

「点字は覚えたけど、読むスピードが上がらないの。」

あたしは思わずケーキを掬う手を止め、眉尻を下げた。
華代が盲目になってからもうすぐ1ヶ月。
早いような遅いような、そんな期間だった。
大変だね、辛いね、見えたらいいのにね。
そんな言葉を並べられるのを、華代は望んでいない。
普通の会話を普通にする。
それが親友としての役目。
あたしは残りのケーキをフォークで掬うと、一口で食べた。
でも、次の華代の台詞でむせそうになる。

「学校で何かあったでしょ。」

『んぐ…?!』

「顔は見えないけど、声で分かるよ。」

あたしは動揺を隠せず、ケーキを飲み込めないまま変な声が出た。
華代はふふっと笑った。
嗚呼、清廉潔白な華代の笑顔が苺以上にあたしを癒してくれる。
でも、今はこの話を何とかしなければ。

『えっとね…えっと…。』

言えない。
好きな人が出来たなんて。
華代が大変な時に、あたしだけ恋愛なんて。
だから手塚先輩の事も遠くから見ているだけで良かったんだ。
二人でテニスをして左肘の秘密を知ってしまったり、頭を撫でられたりするような仲になるつもりなんてなかったんだ。

「ねぇ、愛。」

『?』

「あたしの事は気にしないで、愛は自分のしたい事をすればいいんだよ。」

『な、何言って…。』

「テニスを辞めるって愛が言い出した時、私そう言ったよね?」

華代が盲目になったと知った時、あたしはテニスを辞めようと思った。
華代はバイオリンとテニスが好き。
あたしのようにテニススクールに通っていた訳じゃなかったけど、近所のコートを借りてあたしと一緒にラリーをした。
でも、失明によってそれを奪われてしまった。
それなのにあたしだけがテニスをするのは不謹慎だと思った。
でも、華代は言ったんだ。

―――愛はテニスを辞めちゃ駄目。

―――愛は自分のしたい事をして、幸せになって欲しいの。

あたしも華代にバイオリンを続けて欲しい。
そう説得したのと同じなんだ。

「愛が好きなテニスもゲームも楽しんでいいの。

私は出来なくなったけど、その分を愛に楽しんで欲しい。

それが私の望みなんだよ。

寧ろ気を遣われるのは嫌。」

『…っ、華代…。』

あたしの目に涙が滲む。
華代の優しさが切ないのに嬉しい。
今まで華代に言えなかった本音が口から溢れた。

『華代の目が見えなくなった時、あたしは自分だけが見えるのが申し訳なくて…。』

「そんな事思う必要ないのに。」

『出来る事なら、あたしの片目を華代にあげたいよ…。』

「もう、馬鹿ね。」

華代は困ったように微笑んだ。
あたしは涙を服の袖で拭い、精一杯微笑んだ。

『ごめんね、馬鹿な事考えて…。

あたし頑張るよ。』

「私も頑張る。

私にはバイオリンがあるし、何より愛とお兄ちゃんもいるから。」

あたしは目を見開くと、また泣きそうになった。
涙を懸命に堪えて「うん!」と大きく返事をした。
ずっとずーっと、華代を支えるからね。
あたしは立ち上がると、華代の隣に移動して華代をぎゅうっと抱き締めた。
華代は笑って抱き締め返してくれた。

『うう〜、華代〜っ。』

「学校で何があったのか、後でちゃんと聞かせてね。」

『うん…!』

誰にも相談出来なかった事を、やっと話せる。
それだけで心が軽くなった気がした。

「あ、そうだ。

上手く弾けるか分からないけど、愛の為に一曲弾かせて?

凄く癒される曲なの。」

『ほんと?』

華代は励まそうとしてくれているんだ。
盲目になって以降、劇的にバイオリンの腕を上げた華代。
音楽音痴のあたしでも分かるくらい、素敵な音色を奏でるようになった。
華代は傍に置いてあったバイオリンケースを開けると、構えを取った。

「バッハ作曲で、曲名は――」

管弦楽組曲第3番「アリア」



2016.11.19




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