好きな人のブレザー

あれ……何かが暖かい。

意識を取り戻すと、途端に軽い頭痛がした。
ぼんやりしながら色々と考えた。
今日は放課後の部活前、生徒会室に来て手塚先輩から書類を受け取った。
ドキドキする胸を鎮めようと必死になりながら。
平常心を保とうと必死になりながら。
好きな人の迷惑にならないように。
以前と同じように遠くから手塚先輩を見つめるんだ。
これ以上、好きになってしまったら困る。
だから手塚先輩から一番遠い席に座る。

『ん…?』

やっと顔を上げると、誰もいなかった。
そして肩に掛かっているのは、男子学生用のブレザー。
その内側には手塚≠フ文字が刺繍されていた。
え、手塚……?

『嘘…手塚先輩の?!』

頭痛なんて吹っ飛んでしまった。
慌てて教室の掛け時計を見ると、既に部活の終了時間を過ぎていた。
部活を無断欠席してしまった。
あたしは自分でも気付かないくらいに疲れていて、此処で2時間近くも爆睡していたんだ。
手塚先輩は疲れて寝てしまったあたしを見て、このブレザーを掛けてくれたんだ。
凄く愛おしくなって、ブレザーをそっと抱き締めた。
この匂いは手塚先輩のものだろうか。
とても優しい匂い。
この匂い、凄く好きだ。

…って、こんな事してる場合じゃない!

あたしは腕の下敷きにしていた書類を生徒会用のファイルに入れた。
そしてテニスバッグを素早く肩に掛け、手塚先輩のブレザーを手に取った。
返しに行かなきゃ。
まだテニスコートに残っているかもしれない。
女テニの部長は物分かりがいいから、国別対抗戦前のあたしが部活を休んでしまった事をきっと理解してくれる。
急いでドアを開けると、人とぶつかった。

『きゃ…!』

「…!」

テニスバッグが鈍い音を立てて落ちた。
あたしは転倒してしまいそうになったのを支えられ、ドアにぶつかるのも免れた。
はっとして顔を上げると、探しに行こうと思っていた人物がいた。

『手塚先輩…!

ご、ごめんなさ…っ。』

「っ、不二、怪我はないか?」

あたしの肩に腕を回し、支えてくれるのは好きな人。
手塚先輩と向かい合う体勢で、まるで抱き寄せられているみたいだ。
そして、手塚先輩はワイシャツ姿だった。

『あの、ブレザーをお借りしてしまって…!

ああありがとうございました!』

平常心を保とうと決意したあたしは何処へやら。
完全に素が出てしまい、吃ってしまう。
手塚先輩に触れているだけで、ドキドキして変になってしまいそうだ。
でも、手塚先輩は離してくれない。
じっとあたしの目を見たまま、表情を変えない。

『て、手塚先輩?』

返事がない。
表情も変わらない。

『あのー、手塚部長?』

「……。」

『じゃあ手塚会長?』

手塚先輩が僅かに表情を緩めた気がした。
微笑みとは程遠かったかもしれないけど、あたしは得した気分になった。

「お前はそれでいい。」

『え?』

身体を支えていた腕を解かれると、次は頭を撫でられた。
大きな手が優しくて、嬉しくて。
何だか泣きそうになった。
そんなあたしの表情を見て、手塚先輩が目を見開いた。

「不二?」

困らせてしまっている。
手塚先輩の邪魔をしないって決めたのに。
これ以上好きになったら取り返しがつかなくなる。
生徒会にいる事さえ辛くなる。
あたしの心がそう警鐘を鳴らしている。

『ごめんなさい、あたし…。』

涙が溢れそうになる。
すると手塚先輩の手が伸び、あたしの頬に触れようとした。
好意のない慰めなんていらない。
あたしは手に持っていたブレザーを、手塚先輩の伸びた手に引っ掛けるように渡した。
手塚先輩がまた目を見開いた。

『これ、ありがとうございました…!』

ブレザーを渡し終わると、落っこちていたテニスバッグを肩に掛けた。

『それじゃあ、あたしはこれで!』

手塚先輩の脇を通り抜け、靴箱まで猛ダッシュした。
ローファーに足を突っ込み、ひたすら走った。
普段はバスで向かうテニススクールまで、がむしゃらに走り続けた。
涙を流していたのかも分からなかった。

あの優しい匂いが忘れられない。
偶然とはいえ、抱き寄せてくれた腕が力強かった。
間近で真っ直ぐにあたしを見つめる視線が嬉しかった。
なのに、こんなに苦しいんだ。



2016.11.16




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