暗然たる港町(1/5)
エフミドの丘を抜けそのまま道を進み、一同はカプワ・ノールへとたどり着いた。
空には暗雲が広がり、雨がざあざあと降りしきっている。
空模様のように、街の雰囲気も活気がなくどんよりとしたものだった。
「……なんか急に天気が変わったな」
「びしょびしょになる前に宿を探そうよ」
『そうだな』
歩き出そうとしたところでぼうっとしているエステルに気づいたユーリが声をかけた。
「エステル、どうした?」
「あ、その、港街といのはもっと活気のある場だと思っていました……」
「確かに、想像してたのと全然違うな……」
『前は多分想像通りの街だったんだけどな』
以前の活気あるノール港の光景を見て欲しかったな、と思った。
ここの市場の人たちには大変世話になった記憶がある。
「でも、あんたの探してる魔核ドロボウがいそうな感じよ」
「デデッキってやつが向かったのはトリム港の方だぞ」
「どっちも似たようなもんでしょ」
「そんなことないよ。ノール港が厄介なだけだよ」
「どういうことです?」
エステルが首を傾げ、その疑問にカロルが答えようとしたとき、何者かの声に遮られた。
「ノール港はさあ、帝国の圧力が……」
「金の用意が出来ないときは、おまえらのガキがどうなるかよくわかってるよな?」
その声の方を見ると、役人に向かい頭を下げる夫婦の姿があった。
「お役人様!!どうか、それだけは!息子だけは……返してください!」
男性の方は体中に包帯を巻きつけぼろぼろの姿だ。頭を下げながら男性は言葉を続ける。
「この数ヶ月ものあいだ、天候が悪くて船も出せません。税金を払える状況でないことはお役人様もご存じでしょう?」
「ならば、早くリブガロって魔物を捕まえてこい」
「そうそう、あいつのツノを売れば一生分の税金を納められるぜ。前もそう言ったろう?」
ガラの悪い傭兵らしき男と役人は男性を一蹴し、立ち去って行った。
男性が怪我だらけなのは、きっと魔物に挑み返り討ちにされているからだろう。
それに、魔物のツノが一生分の税金に代わるわけがない。これは遊ばせている。
思わず眉間に皺が寄る。
「なに、あの野蛮人」
「カロル、今のがノール港の厄介の種か?」
「うん、このカプワ・ノールは帝国の威光がものすごく強いんだ」
『特に最近来た執政官は帝国でも結構な地位らしくてな、こんな風にやりたい放題だって聞いた』
「その部下の役人が横暴な真似をしても誰も文句が言えないってことね」
「…………」
「そんな……」
権力のある者が弱い者を虐げる現状に誰もが顔を歪めている。
ユーリはきっと、下町でのこともあって誰より怒りを感じているはずだ。
ふらつきながら男性が立ち上がり、歩き出そうとするとそれを女性が止めた。
「もうやめて、ティグル!その怪我では……今度こそあなたが死んじゃう!」
「だからって、俺が行かないとうちの子はどうなるんだ、ケラス!」
男性、ティグルは見たところ武醒魔導器を持っていない。そんな人が一人魔物に挑んだところで再び返り討ちにされるのは目に見えている。
女性、ケラスの言う通りあの傷だらけの体で挑めば、次こそ命の保証はない。
それでも走り出したティグルの足をユーリはわざと引っかけ転ばせた。
「痛ッ……あんた、何すんだ!」
「あ、悪ぃ、ひっかかっちまった」
身体を起こし怒りを露わにするティグルに、ユーリはわざとらしく謝った。
ティグルのもとにエステルとケラスが駆け寄る。
「もう!ユーリ!……ごめんなさい。今治しますから」
ユーリに代わり非礼を詫びたエステルはティグル治癒術を施した。
彼女のことだから転んでできた怪我だけでなく、包帯の下の傷も治しただろう。
「あ、あの……私たち、払える治療費が……」
治療してもらって第一声がこれか、と呆れため息をついた。
『呆れるな、言うことも言えないのか』
「え……?」
「まったく、金と一緒に常識までしぼり取られてんのか」
自分とユーリ二人の言葉でやっと理解したのか、ケラスは立ち上がり礼をした。
「……ご、ごめんなさい。ありがとうございます」
ふと、気配を感じそちらの方を見ると路地裏に怪しげな人間が入っていった。
ユーリもそれを感じ取ったのか同じ方を見ている。
「…………」
数秒と経たないうちにユーリは他の人に気づかれないようにそちらの方へ行ってしまった。
『(一人で行って大丈夫か…?)』
怪我の治ったティグルが立ち上がったところで、カロルがきょろきょろと周囲を見渡す。
「あれ……?ユーリは?」
『さっき歩いてくの見えたから探してくる。みんな先宿屋行っててくれ』
そう伝えてユーリが向かった路地裏へと足を進めた。無事だと良いのだが。
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