丘を越えて(2/5)
しばらく森の中を走り、後ろから追いかけてくる気配がなくなるとようやく立ち止まった。
「ふ〜、振り切ったか」
『ここまで来れば、流石にな……。エステル、大丈夫か?』
「は、はい……なんとか……」
掴んでいたエステルの手をそっと離しながら様子を伺うと、息が乱れていた。
『もう少し、エステルに合わせて走ればよかったな、ごめん』
「はあ……いえ、気を使ってくれただけで、嬉しいです」
騎士を足止めしてくれていたラピードも合流してきた。
ユーリとあたし以外は全員息を荒げており、呼吸を整えることに集中していた。
「はあ……はあ……リタって、もっと考えて行動する人だと思っていました」
「はあ……あの結界魔導器完璧、おかしかったから、つい……」
エステルの言葉に先程の魔導器のことについて考えを巡らせているのか、リタは顔を顰めながら答えた。
「おかしいって、また厄介事か?」
「厄介事なんてかわいい言葉で、片付けばいいけど」
リタの声のトーンからして厄介事以上のものらしい。、
「オレの両手はいっぱいだからその厄介事はよそにやってくれ」
「……どの道、あんたらには関係ないことよ」
これ以上面倒事はごめんだと言うように肩を竦めるユーリに対し、リタは背を向けて返した。
「ユーリ・ローウェ〜〜ル!どこに逃げよったあっ!」
ルブランの大声が森の中に響き、見つかったと焦ったがどうやら見当違いの方を探しているようだ。
「呼ばれてるわよ?有名人」
「またかよ。仕事熱心なのも考えもんだな」
ユーリは彼らのしつこさに呆れた様子でため息をついた。
「エステリーゼ様〜!出てきてくださいであ〜る!」
ルブランの後ろをついて行っているであろう、語尾が特徴的なアデコールの声も響いてきた。
「あんたら問題多いわね。いったい、何者よ」
「えと、わたしは……」
「ユーリ、出てこ〜い!」
ユーリとエステルをじとりと見ながら言ったリタに、返答に困っているエステルを遮るようにボッコスの声も聞こえてきた。
「そんな話はあとあと」
『……っ!』
不意に気配を感じると、その方向からガサガサと草が揺れる音が聞こえてきて、全員その音に注目しあたしは獲物に手を伸ばした。
ラピードも唸り声をあげ警戒している。
「うわあああっ!待って待って!ボクだよ!」
狼狽した様子のカロルが草むらから飛び出してきた。
カロルだとわかると剣から手を放し、エステルはほっと息をついた。
「……なんだ、カロル……びっくりさせないでください……」
『よく逃げ切ったな、流石の逃げ足』
「ボク、褒められてるの?」
「さ、面倒になる前に、さっさとノール港まで行くぞ」
「えと、どちらに向かえばいいんでしょうか?」
「方角的には……」
『あっち、かなあ……』
あたしが見つめる方とカロルが指さす方角を見ると、そこは草が生い茂る獣道だった。
「これって獣道よね?進めるの?」
「行けるとこまで行くぞ。捕まるのはたくさんだ」
「魔物にも注意が必要ですね」
「なあに、魔物の一匹や二匹、カロル先生に任せておけば万事解決だよな」
ユーリがカロルの方を見ると、カロルは引きつった笑顔を浮かべ答えた。
「そ、そりゃあね。結界があれば、魔物の心配もなかったのに」
「まったくよ。どっかのバカが魔導器壊すからほんとにいい迷惑!」
リタが竜使いへの怒りを露わにしたところで、獣道を歩き始めた。
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