丘を越えて(1/5)



「おかしいな……結界がなくなってる」

エフミドの丘へ着くと、カロルが空を見上げながら呟いた。

『本当だ、いつの間に…』
「ここに、結界があったのか?」
「うん、来るときにはあったよ」
「人の住んでないとこに結界とは贅沢な話だな」
「あんたらの思い違いでしょ。結界の設置場所は、あたしも把握してるけど、知らないわよ」

訝し気な目で見てくるリタにあたしとカロルは反論した。

『結界があるの確かにこの目で見たんだけどな』
「リタが知らないだけだよ。最近設置されたって、ナンが言ってたし」
「ナンって誰ですか?」
「え……?え、えっと、……ほ、ほら、ギルドの仲間だよ」

ナン、という人物について疑問をぶつけられた途端、カロルはしどろもどろな答えを返した。
反応を見るに例の"はかない子"だろうか。

「ボ、ボク、その辺で、情報集めてくる!」

そして、逃れるように駆けていってしまった。

「あたしも、ちょっと見てくる」

そう言ってリタも結界魔導器の方へ行き離れて行った。
ユーリははあ、とため息をつきやれやれといった表情をし、そばにいるラピードは欠伸をかいていた。

『みんな自由だな』
「ったく、自分勝手な連中だな。迷子になっても知らねえぞ」
「わたしたちも行きましょう」





そびえ立っていたいたはずの結界魔導器は無残にも崩れ、煙をふかしながら道を塞いでいた。
魔核まで壊れているため、使い物にならないだろう。

リタが魔導器に近づこうとすると、どこかのギルドの構成員らしき男性に止められた。

「こらこら、部外者は、立ち入り禁止だよ!」
「帝国魔導器研究所のリタ・モルディオよ。通してもらうから」
「アスピオの魔導士の方でしたか!し、失礼しました!」

リタが自ら名乗ると、その男性は驚いた表情して一歩下がり道を通した。
魔導器を間近でじっくりと観察し始めたリタに男性は困惑し止めようとしたのだが。

「ああ、勝手をされては困ります!上に話を通すまでは……」

しかし、男性の言葉に耳を貸す様子も見せず、リタはそのまま魔導器を観察し続けていた。


『おいおい、無視かよ……』

その神経の図太さに思わず呆れてしまった。
諦めたらしい男性はそのままどこかへ走って行ってしまった。
その様子を見ていたユーリがぽつりとことばを漏らす。

「あの強引さ、オレにもわけてもらいたいね」
「ユーリには必要ないかと、思うんですけど……」
「みんな、聞いて!」

情報を集めに逃げたカロルが戻ってきた。

「それが一瞬だったらしいよ!槍でガツン!魔導器ドカンで!空にピューって飛んで行ってね!」

やたらと擬音が多い説明に全員が眉をしかめ理解に苦しんだ。


「……誰が何をどうしたって?」
「竜に乗ったやつが!結界魔導器を槍で!壊して飛び去ったんだってさ!」

ユーリに促されてきちんと主語、述語、目的語が成り立った説明をしたことでようやく理解した。
竜、槍。二つの言葉に記憶にひっかかるものがあった。

『竜……?』

「人が竜に乗ってか?んなバカな」
「そんな話、初めて聞きました」
「ボクだってそうだけど、見た人がたくさんいるんだよ。『竜使い』が出たって」
「竜使い……ねえ。まだまだ世界は広いな」

話を聞きながら記憶をほじくり返していると、突然リタの大声が鼓膜をつんざいてきた。
思わず肩がはねるほど驚き思考が中断される。

「ちょっと離しなさいよ、何すんの!?」

声のした方を見ると、騎士二人に両脇をかためられたリタが、先程の男性をにらみつけていた。

「なんか騒ぎ起こしてるよ」
『何してんだ……』

リタは男性に向かい怒りを露わにして怒鳴り散らしている。

「この魔導器の術式は、絶対、おかしい!」
「おかしくなんてありません。あなたの言ってることの方がおかしいんじゃ……」

「あたしを誰だと思ってるのよ!?」

「存じています。噂の天才魔導士でしょ。でも、あなたにだって知らない術式のひとつくらいありますよ!」
「こんな変な術式の使い方して、魔導器が可哀想でしょ!」

なおも魔導器に近づこうとするリタを騎士が腕をつかみ引き止めている。

「ちょっと!見ていないで捕まえるのを手伝ってください!」

近くにいた別の男性が魔導器を挟み向いにいた騎士に助けを求め、それに応じた。
カロルがぎょっとした表情を浮かべ、自分に気を引かせようと声を張り上げた。



「火事だぁっ!山火事だっ!」



しばしの沈黙の後、騎士たちはカロルを責め立てた。

「なんだ、あのガキ」
「山火事?音も匂いもしないが?」
「こらっ!嘘つき小僧!」

「やばっ……もうばれたの?」

焦り始めたカロルは、その場から逃げるようにして走って行った。
あんなにわかりやすい嘘では、すぐにばれて当然だ。
逃げ出したカロルを追いかけ騎士たちがこちらに向かってきて、その内の一人が足を止めてこちらに話しかけてきた。

「おまえたち、さっきのガキと一緒にいたようだが……」

ユーリを見て騎士の言葉に曇りが見える。ユーリもやばいと思ったのか顔をそらした。

「ん?おまえ、確か手配書の……」

まずい、そう思った時ユーリが走り出し、リタの傍にいた騎士の延髄にチョップをかまし気絶させた。

「今だ!」

ユーリが叫ぶとリタはユーリについて行き走り出した。

「あ、こら、待て!」
『悪く思うなよ……!』

騎士に足払いをかけ、騎士がぐらりとバランスを崩すとラピードが足蹴りを華麗に決めマウントを取った。

『ナイス、ラピード!』
「ごめんなさい」

律儀に騎士に対して謝るエステルの手を引きユーリたちの後を追った。

『行くぞ、エステル!』










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